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「サヨウナラ」ではありません 

53年前に日本に来たとき、私は日本の単語を一つしか知りませんでした。
それは「サヨウナラ」でした。
1957年に「Sayonara」という映画があったからです。
振り返ると、私は、この53年間この単語をほとんど使いませんでした。
今度の4月2日に日本を去る時も私は「サヨウナラ」を言うつもりではありません。
なぜだか分かりますか?

まず、私たちは再び会います。
「サヨウナラ]ではありません。
私がまた日本に行けるほど元気になるかどうか分かりませんが私たちは、また天国で会います。
あるいは、キリストの再臨の時に空中で会うかもしれません。
「主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、 次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。」Ⅰテサロニケ人への手紙4:16-17

また、アメリカに帰国する時、私は心の中に皆さんを連れて行きます。
だから「サヨウナラ」ではありません。
使徒パウロは、ピリピの教会に書きました。
「私は、あなたがたを、心に覚えている。」
ピリピ人への手紙1:7

英語の聖書に
「I have you in my heart」と書いてあります。
私がこの世を去るその時まで、皆さんは私の心に残り続けます。

「私は、いつもあなたがたすべてのために神に感謝し、祈りのときにあなたがたを覚え、絶えず、私の父なる神の御前に、あなたがたの信仰の働き、愛の労苦、主イエス・キリストへの望みの忍耐を思い起こしています。」
Ⅰテサロニケ人への手紙1:2-3


またあう日まで、またあう日まで
 
  みかみつねに、ながみととみにあれ!
(聖歌337番)


本来「さようなら」は
「さようなら(左様なら)、また会いましょう」
という意味です。


この度、教会の牧師を退任いたしました。
残念ながら今回をもってブログを終了いたします。
長い間、ご愛読ありがとうございました。


  
さようなら

IT’S NOT “SAYONARA”
  

When I came to Japan 53 years, I knew only one Japanese word. It was “Sayonara”. I knew that word because of a 1957 movie called Sayonara. When I think about it, I have rarely used this word during these 53 years. This Friday too, when I leave Japan, I do not intend to say “Sayonara”. Do you know why?

First of all, because we will meet again, I will not say “Sayonara”. I do not know if I will become healthy enough to be able to come to Japan again, but we will meet again in heaven, or perhaps we will meet in the air at the second coming of Christ.
For the Lord Himself will descend from heaven with a shout, with the voice of an archangel, and with the trumpet of God. And the dead in Christ will rise first. Then we who are alive and remain shall be caught up together with them in the clouds to meet the Lord in the air.
(First Thessalonians 4:16-17)


Second, when I return to America, I will take you with me in my heart, so it is not “Sayonara”. The Apostle Paul wrote these words to the church in Philippi. I have you in my heart. (1:7) You will remain in my heart until the day I leave this earth.

I give thanks to God always for you all, making mention of you in my prayers, remembering without ceasing your work of faith, labor of love, and patience of hope in our Lord Jesus Christ in the sight of our God and Father.
(First Thessalonians 1:2-3)


“Till we meet again, till we meet again,
    God be with you till we meet again.”


"Goodbye" means "Goodbye, see you again".

This time, I have retired from the pastor of the church. Unfortunately, this is the end of the blog.
Thank you for your patronage
 long time.

素晴らしき哉、人生! 

もし、あなたが今まで観た人生を要約する映画のタイトルを選ぶとしたら、どの映画を選びますか?
私は、素晴らしき哉、人生! (It’s A Wonderful Life)を選びます。
もちろん、私も色々大変な経験に遭いました。
親の離婚・父と母と妻の急死・ガンや他の病気との戦い。

しかし、私は13歳でキリストを信じ、17歳で自分の人生を主に捧げたので、私の人生は、すばらしい人生となりました。

主の御声に聞き従ったので、私はアメリカの多くの教会を訪問して、多くの牧師や宣教師と50年以上続いている友情を築くことが出来ました。

主の御声に聞き従ったので、私は新しい文化を経験し、多くの素晴らしいクリスチャンと共に神様の働きをすることが出来ました。

主の御声に聞き従ったので、私は日本に来る迄、食べた事がなかった長崎チャンポン・餃子・すき焼き・カレーライス・抹茶アイスクリームの様な美味しい物を食べることが出来ました。

主の御声に聞き従ったので、私は殆どのアメリカ人が見た事のない素晴らしい景色を見ることができました。富士山に行き歩きました。東京スカイツリーを見ました。京都の壮大な建物を見ました。阿蘇山の頂上に立って世界一大きな火山の火口を見下ろしました。

素晴らしい人生の秘訣は、主の御声に聞き従って主と共に歩む事です。
「私の声に聞き従え。そうすれば、わたしは、あなたがたの神となり、あなたがたは、私の民となる。あなたがたを幸せにするために、わたしが命じるすべての道を歩め。」エレミヤ書7:23

  
Wonderful

IT’S A WONDERFUL LIFE

If you chose a movie title to summarize your life until now, which title would you choose? I would choose IT’S A WONDERFUL LIFE. Of course, I have had some painful experiences. The divorce of my parents. The sudden deaths of my father, my mother, and my wife. Cancer and other diseases.

However, because I believed in Christ when I was 13 years old and surrendered my life to God when I was 17 years old, my life became a wonderful life.

Because I obeyed the will of the Lord, I was able to visit numerous churches and build friendships with many pastors and missionaries that have lasted for over 50 years.

Because I obeyed the will of the Lord, I was able to learn another culture and work side by side with some of the greatest Christians I have ever known.

Because I obeyed the will of the Lord, I was able to enjoy many delicious foods that I had never eaten before. Nagasaki Chanpon and gyouza and sukiyaki and gyuudon and curry rice and green tea ice cream.

Because I obeyed the will of the Lord, I was able to see awesome scenery that most Americans would never have the opportunity to see. I have walked on Mount Fuji. I have seen the Sky Tree in Tokyo. I have seen the magnificent temples in Kyoto. I have stood on the top of Mount Aso and looked down into the largest volcanic crater in the world.

The secret of a wonderful life is to obey the voice of the Lord and walk with Him.
Obey my voice, and I will be your God, and you shall be my people. and walk in all the ways that I have commanded you, that it may be well with you. (Jeremiah 7:23)

風の電話 

私は「風の電話」という悲しい記事を読みました。この「風の電話」は、東京から北東500kmの大槌町にあります。
2010年に佐々木格(いたる)さん(74)は、亡くなった遺族と話したいと思いこれを発案し、そこで自分の庭に電話ボックスを設置しました。

東日本大震災後、佐々木さんは、生存した人々が震災で亡くした家族への思いを風に乗せて伝えられるように敷地を整備して、海岸に向かう祈りのベンチを置きました。

今、風の電話は、津波の被災者だけでなく、病気や自殺で親族を亡くした多くの人々に利用されています。
特に風の電話を使っている人は、亡くなった親戚に「さようなら」を言うことができなかった人達です。接続されていない電話は、残った家族にいくらかの慰めを与えます。

私は、風の電話についての話に感動しました。
もし私がクリスチャンでなかったら大槌町に行って、風の電話で妻への言葉を風に乗せるかもしれません。
しかし、私はクリスチャンなので接続されていない電話ではなく神様に直接祈るという電話を通して慰めを受ける事ができます。

エペソ人への手紙3:12によると
「私たちはこのキリストにあり、キリストを信じる信仰によって大胆に確信をもって神に近づくことができるのです。」
英語の聖書には「私たちはキリストを信じる信仰によって神にアクセスすることができます。」とあります。
クリスチャンは、いつでも、どこでも、祈りの電話によって神様に連絡することができるのです。

「夕、朝、真昼、私は嘆き、うめく。すると、主は私の声を聞いてくださる。」
詩篇55:17


 
WIND PHONE  


THE WIND PHONE

I read a sad article about a phone called the “wind phone.”This phone is in the town of Otsuchi 500 kilometers northeast of Tokyo.
In 2010 a man who had lost his cousin to cancer wanted to speak to him, so he set up a telephone booth in his garden.
After the great earthquake of 2011, he placed a bench facing the sea for survivors to come and send a message to their family on the wind.

Now, in addition to the survivors, the wind phone is used by many relatives of people who died by sickness or suicide.
The wind phone is especially used by people who were not able to say “Good-bye” to their loved ones.
The phone, which is not connected, gives comfort to the family members left behind.

I was moved by the story of the wind phone.
If I were not a Christian, I might go to Otsuchi and send a message on the wind to my wife.
However, because I am a Christian, rather than a phone that is not connected, I would rather receive comfort through a phone that is connected to God through prayer.

According to Ephesians 3:12, we have access to God through faith in Jesus Christ.
Christians can contact God any time, anywhere, through the phone of prayer.

Evening and morning and at noon I will pray, and cry aloud, and He shall hear my voice.
(Psalm 55:17)


クリスチャンの青春の泉 

昔から人の青春を取り戻す「青春の泉」についての伝説があります。
特に16世紀には、この泉についての物語が沢山ありました。

1513年にスペインの探検家ポンセ・デ・レオンは、アメリカまでその泉を探しに行きました。
彼が見つけた泉は、フロリダ州のセント・オーガスティンという町にあります。
この町は母教会から遠くなく、ある時私は「青春の泉」を見に行った事があります。

もちろん私は、その伝説を信じませんが正直に言うと、その泉の水を飲んだ時「もしかしたら」と思いました。
残念なことに、その泉の水には人の青春を守る力がなかったので、現在、私は78歳の年寄りになりました。

体の青春を守る方法は、ありませんが、クリスチャンの魂と霊の青春を守る方法があります。
その方法は、イザヤ書40:31に書いてあります。
「主を待ち望む者は新しく力を得、鷲のように翼をかって上ることができる。走ってもたゆまず、歩いても疲れない。」

主を待ち望むクリスチャンは、自分の魂と霊の青春を守ることができます。主を待ち望む事は、座って何もしないことではありません。
主を待ち望む事は、祈りながら主の導きを待つことです。

また、聖書に書いてある主の約束を信じることです。
例えば「待ち望め。主を。雄々しくあれ。心を強くせよ。」詩篇27:14
英語の聖書には「主を待ち望め。そうすれば、主はあなたの心を強くしてくださる」と書いてあります。

「主は、あなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。」
イザヤ書30:18


  
青春の泉A

THE CHRISTIAN’S
FOUNTAIN OF YOUTH


From long ago there was a legend about a [fountain of youth] that could restore the youth of a person. There were especially many tales about this fountain in the 16th century.

In 1513 Ponce de Leon, a Spain explorer, went to America to search for this fountain. The fountain he found is in the town of St. Augustine in Florida. This town is not far from my home church, so one day I went to the Fountain of Youth. Of course, I did not believe the legend, but to be honest, when I drank the water of that fountain, I thought, “Maybe . . .” Regretfully, there was no power in the water of that fountain to protect the youth of a person, so now I am a 78-year-old man.

Although there is no method of protecting the youth of the body, there is a method of protecting the youth of the soul and spirit of a Christian. That method is written in Isaiah 40:31. Those who wait on the Lord shall renew their strength; They shall mount up with wings like eagles. They shall run and not be weary. They shall walk and not faint.

The Christian who will wait on the Lord can protect the youth of his soul and spirit. Waiting on the Lord is not sitting down and doing nothing. Waiting on the Lord is praying and waiting for the leadership of God.

Also, waiting on the Lord is believing the promises of God.
Wait on the Lord; Be of good courage, And He shall strengthen your heart; Wait, I say, on the Lord!

The Lord will wait, that He may be gracious to you; and therefore He will be exalted, that He may have mercy on you. For the Lord is a God of justice; Blessed are all those who wait for Him.

一番好きな聖書の書巻 

聖書の中で、あなたが一番好きな書巻はどこですか?
私は、喜びに満ち溢れているピリピ人への手紙が大好きです。
私たちの喜びを奪い取る主なものは、日々の出来事・人間関係・物質的な事・思い煩いです。

ピリピ書の第1章によると私たちは、日々の出来事に関わらず、キリストを私たちの人生の中心にすることによって心の喜びを保つことができます。
「私にとっては、生きることはキリストです。」
ピリピ人への手紙1:21


ピリピ書の第2章
によると私たちは、人間関係の問題に関わらず他人を自分よりも優れたものと思うことによって心の喜びを保つことができます。
「何事でも自己中心や虚栄からすることなく、へりくだって、互いに人を自分よりもすぐれた者と思いなさい。」
ピリピ人への手紙2:3


ピリピ書の第3章によると私たちは、物質的な問題に関わらず自分の国籍は、天にあると覚えることによって心の喜びを保つことができます。
「彼らの思いは地上のことだけです。 けれども、私たちの国籍は天にあります。」
ピリピ人への手紙3:19-20


ピリピ書の第4章によると私たちは、心配事に関わらず祈りを通して私達の心を守ってくださる神様の平安を得て、心の喜びを保つことができます。
「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」
ピリピ人への手紙4:6-7


今、あなたの心に喜びはありますか?
或いは、あなたの喜びは何かに奪い取られましたか。
もし、そうであればピリピ人への手紙を読んで、喜びを取り戻してください。
「いつも主にあって喜びなさい。」
ピリピ人への手紙4:4

  
Philippians

YOUR FAVORITE
BOOK OF THE BIBLE


What is your favorite book of the Bible?
  I love the book of Philippians which is overflowing with joy. The main things that steal our joy are daily events, human relationships, problems concerning material things and worry.

According to chapter 1 of Philippians, by making Christ the center of our life we can maintain the joy of our heart in spite of daily events.
For to me, to live is Christ. (1:21)

According to chapter 2 of Philippians, by esteeming others better than ourselves we can maintain the joy of our heart in spite of problems in human relationships.
Let nothing be done through selfish ambition or conceit, but in lowliness of mind let each esteem others better than himself. (2:3)

According to chapter 3 of Philippians, by remembering that our citizenship is in heaven we can maintain the joy of our heart in spite of problems concerning material things.
They set their mind on earthly things, but our citizenship is in heaven. (3:19-20)

According to chapter 4 of Philippians, by obtaining through prayer the peace of God that protects our heart we can maintain the joy of our heart in spite of worry.
Be anxious for nothing, but in everything by prayer and supplication, with thanksgiving, let your requests be made known to God; and the peace of God, which surpasses all understanding, will guard your hearts and minds through Christ Jesus. (4:6-7)

Do you have joy in your heart today or has something stolen your joy? If so, read Philippians and regain your joy.
Rejoice in the Lord always.
(Philippians 4:4)

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