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ゴールドが青に変わった 

先日、私は運転免許証の更新をしました。 免許証
自宅に帰る途中の私の気持ちは2つの感情に分かれていました。もちろん、嬉しい気持ちでした。なぜなら、次の3年間、試験場に行って講習を受ける必要がないからです。しかし、悲しい気持ちもありました。なぜなら私の免許証の色はゴールドから青に変わってしまったからです。
北九州教会と小倉教会の数人はゴールドの免許証を持っていますから、私も安全運転をしてゴールドの運転免許証を更新出来るよう望んでいました。しかし、毎回更新に行った時、違反があったので35年間、私の免許証はずっと3年間の青い免許証でした。
そして、5年前に更新に行った時、違反は一つもなかったので、やっと自分がずっと熱望していた5年間のゴールド免許証を受ける事が出来ました。私は自慢しながらそれを多くの人々に見せました。しかし、この5年間に私は2回も事故を起こしたので、また私のゴールド免許証は青い免許証に変わってしまいました。
聖書はクリスチャンが救いを失う事がありえないとはっきりと教えていますが、幾つかの箇所によると、報いを失う可能性があります。


さくら「よく気をつけて、私たちの労苦の実をだいなしにすることなく、豊かな報いを受けるようになりなさい」Ⅱヨハネ 1-8

 

「各人の働きは明瞭になります。その日がそれを明らかにするのです。というのは、その日は火とともに現われ、この火がその力で各人の働きの真価をためすからです。もしだれかの建てた建物が残れば、その人は報いを受けます。もしだれかの建てた建物が焼ければ、その人は損害を受けますが、自分自身は、火の中をくぐるようにして助かります」Ⅰコリント3-13~3-15


私は不注意な運転をしたので、ゴールド免許証を失ってしまいました。皆様は信仰生活の中にある何かの不注意の故に主から受ける報いを失う事がないように気をつけて下さい!

 

パジャマの一日 

anisakula毎朝、朝食の前に私はシャワーを浴びて、クシで髪をとかす。朝食を食べる時まだパジャマのままですが、食べた後ですぐ着替えをします。しかし、ある日起きた時「今日出かける予定もないし、集金の人も来ないはずだから一日中パジャマのままでいましょう」と考えた私は、シャワーを浴びたが、髪をとかさなかったし、着替えもしませんでした。sakula


午前中、突然に玄関のベルが鳴りました。私は、いやいやながら玄関に出ました。近所の奥様でした。「来週、ゴミ当番をお願いします」今まで、そう言ってからこの奥様はすぐに帰りましたが、私が教会の牧師である事を知っているこの奥様は、急に家族の問題を私に相談し始めました。パジャマを着たままで、おまけに髪はボサボサの格好で私は恥ずかしい思いをしながら30分ぐらい玄関で立って、その奥様と話しました。

近所の奥様の前にパジャマの格好で出る事は恥ずかしい事でしたが、もっと恥ずかしい事があります。それは恥ずかしい姿で主の前に出る事です。


Ⅱコリント5-10によると「私たちはみな、キリストのさばきの座に現われて、善であれ悪であれ、各自その肉体にあってした行為に応じて報いを受けることになる」


こうして主の前に出る時、恥ずかしがる事がないように、たえず主に喜ばれる信仰生活をしましょう。髪の毛が乱れているままで近所の奥様の前に出る事は、たいした事ではありません。しかし、心が乱れているままで主の前に出る事は大変な事です。


「子どもたちよ。キリストのうちにとどまっていなさい。それは、キリストが現われるとき、私たちが信頼を持ち、その来臨のときに、御前で恥じ入るということのないためです」Ⅰヨハネ 2-28

 

余分な袋 

スーパーマーケットから帰ってきた時、私は食料品が入っている袋を台所のテーブルに置きました。その袋をよく見ると、私は変なことに気が付きました。私は食料品を4つの袋に入れたたはずですが、数えてみると、5つの袋がありました。レジ袋
「この余分な袋の中身は一体何だろうか?」と思いながら、私は一つ一つの袋の中を見ました。たしかに4つの袋に食料品が入っていましたが、もう一つの袋は違うものでいっぱいになっていました。余分な袋の中身は牛乳の紙パックでした。私はその紙パックをスーパーマーケットの中にあるリサイクルの場所で捨てるために家からマーケットまで運びました。

しかし、マーケットに入ってから私はその袋を捨てることを忘れて、家まで持って帰ってしまいました。


ちょうどマーケットに行く時、手に入れるものも、捨てるものもあると同じように、クリスチャンにとって、自分の信仰生活に加えるものも捨てるものもあります。

 

Ⅱペテロ1-5~7に「あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。」と書いてあります。これらを自分の信仰生活に加えるクリスチャンは役に立つし、実を結ぶ者になります。(8節)

 

しかし、霊的に成長するために、捨てなければならないものもあります。「あなたがたは、すべての悪意、すべてのごまかし、いろいろな偽善やねたみ、すべての悪口を捨てなさい。」Ⅰペテロ2-1


主の御前に行く時、主に用いられるクリスチャンになるために必要である美徳を充分頂きましょう。同時に、私たちの生活にある悪徳を捨てることを忘れないように気をつけましょう。

 

5月5日(火)コンサート開催 

コンサート 

ハンカチがない!? 

福岡空港で大阪行きの便を待っている間に、私はポケットからハンカチを出そうとしました。手をポケットの中に入れた時、するとハンカチがありませんでした。「ハンカチがない。

困ったなあ。大阪に行っている間、どうしようか?」と思いながら、私は店に入ってお土産を買いました。
ガラガラくじ 店の人が私に領収書を渡した時、「今日くじ引きを行っているから、この領収書を隣の店に出して下さい」と言いました。そしたら、くじ引きを行っている人が、「どうぞ、1回引いて下さい」と言いました。そして、くじ引きを回した時、黒いボールが出ました。くじ引きを行っている人が「当たりです」といってボールペンをくれました。そして、彼は「おまけにティッシュもどうぞ」といって、ポケットティッシュを2個くれました。
正直に言って、私はボールペンをもらったことよりもハンカチの代わりになるティッシュが当った事を喜びました。私は、「神様、ありがとうございます」と言いながら、出発ロビーに向かって行きました。もちろん、ある方々は、「あなたがティッシュをもらったのは神様と関係がありません。ただの幸運だよ」と言うかもしれませんが、私自身は、どうしても、そう思うことは出来ません。


聖書によると、まことの神様はすごい奇跡を行うお方だけではなくて、ご自分を信じる人々の生活の中で小さい奇跡もなさるお方です。


ルカ12-6~7に「五羽の雀は2アサリオンで売っているでしょう。そんな雀の1羽でも、神の御前には忘れられてはいません。それどころか、あなたがたの頭の毛さえも、みな数えられています。恐れることはありません。あなたがたは、たくさんの雀よりもすぐれた者です」と書いてあります。


やはり、1羽1羽の雀を覚え、私たちの頭の毛の数にも関心があり、ハンカチを忘れたご自分のしもべにティッシュを与えて下さるほどに私たちを顧みて下さる主がおられるとわかっているなら、私たちは勇気と希望が満ちあふれている心をもって信仰の道を歩むことが出来るはずです。

 

THE JOY CAFE 

九州にジョイフルというファミリーレストランがたくさんあります。

このレストランに飲み放題のTHE JOY CAFEというバーがあります。先日沖縄の教会の先生と一緒にジョイフルで昼食を食べた時、私はそのドリンクバーを紹介する5つの英語の単語に気が付きました。

Restaurant


HAPPY     (うれしい)
ENJOY     (喜ぶ)
REFRESH  (元気づける)
RELAX     (くつろぐ)
TASTY     (おいしい)


よく考えると、同じ5つの単語は私たちに神のみことばである聖書の価値を紹介しているといえると思います。


HAPPY「みことばに心を留める者は幸いを見つける。」箴言16-20
ENJOY「あなたのみことばは、私にとって楽しみとなり、心の喜びとなりました。」エレミヤ15-16
REFRESH「主のみおしえは完全で、たましいを生き返らせる。」詩篇19-7
RELAX「あなたのみおしえを愛する者には豊かな平和がある。」詩篇119-165
TASTY「あなたのみことばは、私の上あごに、なんと甘いことでしょう。蜜よりも私の口に甘いのです。」詩篇119-103

 

神のJOY CAFEも飲み放題ですから、毎日聖書からくる祝福がたましいに満ちあふれるほど神のみことばをいただきましょう。 

 

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