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1匹も釣れなかった人 

釣り 鹿児島県長島町へキャンプに行きました。キャンプ2日目の午後に私たちは釣りに行きました。一緒に 釣りに行った大人達・青年達・子ども達、少なくとも3匹~1匹は釣れました。
1匹も釣れなかった人は一人だけでした。私です。その日、海はとてもキレイだったので魚を沢山見る事が出来ましたが、針を魚の群の真ん中に下しても、餌はすぐ取られました。何回やっても、結果は同じでした。私は全世界で一番下手な漁師であるかも知れません。 子供の頃から釣りに行く事が大好きな私は、まだ魚を釣る効果的な方法をつかんでいません。


聖書は伝道する事を釣りに行く事と、たとえています。マタイ4-19にイエスは弟子達に言われました。「私について来なさい。 あなたがたを人間をとる漁師にしてあげよう」全てのクリスチャンには、あらゆる方法で福音をのべ伝えて、人々をイエスに連れてくる任務があります。 私は魚を捕る方法が分かりませんが人間をとる方法を知っています。


ヨハネ15-5にイエスは「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、その人は多くの実を結びます」とおっしゃいました。 この箇所は伝道する事を実を結ぶ事とたとえていますから、次のように読んでも意味が変わりません。

「人がわたしにとどまり、わたしもその人の中にとどまっているなら、その人は多くの人間をとります」 

kawahagi 他の人々をとるキリストの漁師になる秘訣は、キリストにとどまる事です。 伝道が上手か下手かという問題ではありません。また、人の意思が強いか弱いかという問題でもありません。キリストとの交わりが生じる確信と清潔と喜びは他の人々をキリストに引き寄せるものとなります。

心 ナ ビ 

心   私と教会の兄姉は、夜須高原で行われる夏キャンプに参加するためにAM9:00頃出発しました。私達は冷水峠を通って行くつもりでしたが、その道路は先日の集中豪雨の被害を受け通行止めになっていました。
しかたがないので、私達は冷水トンネルを通って386号線まで行って、そして甘木方面に行きました。途中で「夜須高原」と標識が見えたので、私達は左折しましたが、道が分からなくなりました。道を歩いている婦人がいたので私達は彼女に「夜須高原青少年自然の家」の道を聞きました。私達はしばらくその道を走りましたが通行止めの場所に来ました。
今度、私達は山に詳しい人を見つけて、彼に聞きましたが、やはり彼が教えて下さった道も通行止めに終わってしまいました。その時、助手席に座っていた兄弟は、カーナビを使って、キャンプ場までの道を探してくれたので、やっと12:00頃キャンプ場に着きました。カーナビがなかったら私達は、まだ夜須高原の山の中で彷徨っていたかもしれません。


時々私達の目には真っ直ぐに見える人生の道も通行止めになります。その時、私達は山の森の中で彷徨っている旅人のような者です。すなわち心の中は混乱と不安の森になります。どの方向に行こうとしても進むことが出来ない私達には「心ナビ」が必要です。その「心ナビ」になるものは私達が心に蓄えている「神の御言葉」です。


「あなたのみことばは、私の足のともしび、私の道の光です」詩篇 119-105

 

人生の道が通行止めになった時、慌てないで、また軽率な判断をしないで、主にこの祈りをしましょう。

 
「あなたのみことばによって、私の歩みを確かにし、どんな罪にも私を支配させないでください」詩篇 119-133

 

神 様 に 怒 っ た 日 

レンズ 神様に怒ったことがありますか?先日、私は神様に怒りました。朝、メガネをかけようとしたとき、メガネのフレームが折れて、レンズが手の中に落ちました。その週、既に私を困らせる事が二つあったので、私は神様に怒りました。ただ怒っただけではなく、カンカンに怒りました。怒ることとカンカンに怒ることの違いが分かりますか?「怒る」とは、ただ頭の中で思うだけです。「カンカンに怒る」と、その怒りを口から出します。
私は口を開いて神様にひどいことを色々言いました。なぜならアメリカで買ったレンズに合うフレームを見つけることができても価格は、かなり高いでしょう。思った通りに眼鏡店に行って、私のレンズに合うフレームは一つしかないと言われました。私は価格を聞かずにそのメガネを注文しました。
次の日にメガネを取りに行って、価格を聞いた瞬間「ハッ!」として私は数日前にあったことを思い出しました。
私の友人の奥さんのお姉さんが入院しました。友人はもう運転ができないので、私はもう何回も彼らを病院に送ってあげました。お姉さんが退院するとき彼らは私にお金を渡そうとしました。私は何回も断りましたが、とうとうお金を頂かなければならなくなりました。メガネの価格を聞いた時、私は本当に驚きました。友人から頂いた金額とほぼ同じでした。


分かりますか?神様は、あらかじめ私のメガネが壊れることをご存じでしたから、主は新しいメガネを買うお金を備えて下さいました。主の備えに気がついたとき、私は主に謝るために急いで車に戻りました。車の中で私は泣きながら神様に「ごめんなさい。許して下さい」と祈りました。


気をつけないと、生活の故に盲目になっている私たちは、主がもう既に与えて下さった備えを見ることが出来なくなるかもしれません。

 

創世記22-17にイサクは父アブラハムに尋ねました。「火と薪はありますが、全焼のいけにえのための羊はどこにあるのですか。」アブラハムは答えました。「神ご自身が全焼のいけにえの羊を備えてくださるのだ。」(8節)

 
神様に怒る誘惑に会うとき、私たちの主は「アドナイ イルエ」則ち、「備えて下さる主」であるということを覚えましょう。(13~14節)

 

5分の仕事に なんと¥9,000! 

PC デスクトップのコンピュータに無線LANルーターをつけてから、私はワイヤレスノートブックコンピュータを買いました。ワイヤレスコンピュータはどの部屋でも使うことが出来ますから、とても便利です。しかし、2~3日経ってから急にインターネットに繋ぐことができなくなったので、私はプロバイダーに連絡して修理に来てもらいました。
修理に来た人がコンピュータを5分くらい見てから、オフになっていたひとつのスイッチをオンにすると再びインターネットを見ることができました。彼は説明しました。「家まで修理に行く場合、¥9,000ですが、5分しかかかりませんでしたので、会社に電話して、もう少し安くしてもいいかどうか聞いてみます。」会社は彼の話を聞いて「ダメです。¥9,000です」と答えました。私はたった5分の仕事のために¥9,000を払わなければなりませんでした。
オフになっていたその小さなスイッチはコンピュータのハードディスクやマザーボードほど大切な部品ではありませんが、オフになっているかぎりそのスイッチはコンピュータに大きな影響を与えました。


聖書のⅡテモテ2-20「大きな家には金や銀の器だけではなく、木や土の器もあります。またあるものは尊いものに、あるものは卑しいことに用います。ですから誰でも自分自身をきよめてこれらのことを離れるならその人は尊いことに使われる器となります。すなわちきよめられたもの、主人にとって有益なもの、あらゆるよいわざに間に合うものとなるのです」と書いてあります。

 
この箇所を神様の家である教会にも適用することができます。ひとりひとりの教会員が自分自身をきよめて、主イエスキリストにとって有益な者になることが大切です。ひとりひとりの信者が主に用いられる器となるとき、教会はあらゆるよいわざに間に合っている教会になることができます。ですから、定期的に自分を吟味して、オンになっているかどうか確かめましょう。

 

信仰生活のさ・し・す・せ・そ 

さしすせそ 今週のメッセージを読む皆さんは驚くかも知れませんが、料理のことをほとんど何も知らない私が料理について語ります。
先週、北九州教会の婦人会に出たとき、私は「料理のさしすせそ」を学びました。そこで牧師は塩のことを取り扱っているマルコ9-50についてのメッセージの序論の中で「料理のさしすせそ」を紹介して下さいました。

 

 さ………砂糖   し………塩 

 す………酢     せ………醤油 

 そ………味噌  

 

おいしい食事を作るために、この五つの材料を使う必要があるのと同じように、幸せな信仰生活をするために次に五つの材料を日々の生活に入れる必要があります。


 さ……賛美  詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって心から歌い、また賛美しなさい。エペソ5-19

 
 し……親切  お互いに親切にし、心の優しい人となり神がキリストにおいてあなた方を許して下さったように、互いに許し合いなさい。エペソ4-32


 す……素直な心  人の怒りは神の義を実現するものではありません。ですから、すべての汚れや溢れる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを素直に受け入れなさい。ヤコブ1-20~21a

 

 せ……誠実  今あなた方は主をおそれ誠実と真実をもって、主に仕えなさい。ヨシュア記24-14


 そ……尊敬  兄弟愛をもって心から互いに愛しあい、尊敬をもって互いに人を自分より勝っていると思いなさい。 ローマ12-10


神様との関係においても、人間との関係においても、私たちがこの五つの霊的な材料をその関係に混ぜるなら、私たちの日々の信仰生活はもっと「おいしい」生活になるはずです。

 

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