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孫の最初の持久走 

ゴール 今年から孫は、幼稚園に行っています。
息子は彼女の最初の持久走のビデオを送ってくれました。
孫はみんなと一緒に並びましたが、競争が始まると、他の子供達は早く孫を追い越して先に走って行きました。孫はずっと後の方で一人で走りました。私は心配しました。
「一人で走り続けるでしょうか?途中で止まるでしょうか?」ゴールを見ながら孫はマイペースで、ゆっくり、ゆっくり、走り続けました。
他の子供達がゴールしてから、孫はかなり遅れてゴールインしました。

孫は信仰生活の持久走に入っている全てのクリスチャンの模範になります。
私達より実力と能力のある他のクリスチャン達は、ずっと先を走るかもしれません。その事にかかわらず、主が与えて下さった賜物を生かして、ピリピ人への手紙3-14に書いてある通りに、ゴールを目ざして一心に走り続けましょう。

ずっと後ろを一人で走っている時もあるかもしれませんが、走り続けましょう。途中で止まる誘惑に遭うかもしれませんが、走り続けましょう。「いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。」 ヘブル人への手紙12-1

ビリになっても、走り続けましょう。孫はビリになったけど、彼女もゴールインした時、メダルをもらいました。クリスチャンも走るべき道のりを走り続けるなら、主御自身から特別なメダルをもらいます。

「私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」
第2テモテ4-7~8

信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないで、私達の前に置かれている信仰生活の持久走を根気よく走り続けましょう。

WHERE WAS GOD ? 

東北地方太平洋沖地震において
地震と津波の被害を受けた方々に、
心からお見舞いを申し上げます



大津波 1967年4月21日に私の家族はアメリカのイリノイ州ベルビデーレ市と言う町にいました。午後3:50頃この町はF-4の竜巻に襲われました。24人は死亡しました。その中の13人は小学生でした。翌日の新聞の一面の見出しは「Where Was God?」でした。(神様は何処にいましたか?)

今、多くの方々は3月11日の地震と津波について同じ様な質問をしています。「神様は何処にいましたか?この災害は罪に対する神様の裁きでしたか?神様はこの災害を防ぐ事ができませんでしたか?なぜ、神様はこの災害を許しましたか?」

是非、この事を理解して下さい。神様が創造した世界は完全な世界でした。地震も津波も台風も竜巻もなかった世界です。
創世記1-31に「神は、お造りになったすべてのものをご覧になった。見よ。それは非常によかった。」と書いてあります。

この完全な世界を崩壊させた出来事は人間の罪でした。その罪は人間だけにではなくて、世界と世界の中にある全てのものに影響を与えました。 例えば、人間の罪のゆえに、土地はのろわれてしまいました。(創世記3-17)

また、イザヤ書24-5~6に書いてあります。「地はその住民によって汚された。彼らが律法を犯し、定めを変え、とこしえの契約を破ったからである。 それゆえ、のろいは地を食い尽くし、その地の住民は罪ある者とされる。」

エレミヤ書12-4
「いつまで、この地は喪に服し、すべての畑の青草は枯れているのでしょうか。そこに住む者たちの悪のために、家畜も鳥も取り去られています。」と書いてあります。

3月11日の地震と津波の原因は神様ではありません。人間の罪のゆえにのろわれた世界の自然の出来事でした。

今、多くの人々は苦しい状況に置かれています。被災者のために祈りましょう。被災者のために寄付しましょう。同時に、この質問を真面目に考えましょう。
「今日、マグニチュード9の地震がこの地方で起こったら、私は神様に会う準備が出来ていますか?」

蕎 麦 湯 

蕎麦湯 教会の隣の隣に「そばの店」があります。その店の主人の奥さんは金曜日の英会話に来ています。奥さんから店の事を聞いてから、私は午前と午後の英会話の間に時々そばを食べに行くようにしています。
店で食べた「ざるそば・蒸しそば・釜揚げそば」は美味しかった。特に私の興味を示したのは食事の最後にでた蕎麦湯です。店の主人はコップに蕎麦湯を入れて、「これを飲んでください」と言いました。やはり、そばの味は強かった。次に、彼は蕎麦湯にネギを入れて飲ませてくださいました。味は、少し美味しくなりました。そして、彼は蕎麦湯とネギに醤油を入れて飲ませてくださいました。味はもっと美味しくなりました。最後に、彼は蕎麦湯とネギと醤油にダシを入れて飲ませてくださいました。この蕎麦湯は一番美味しい蕎麦湯でした。

後でだんだんと美味しくなった蕎麦湯の事を考えた時、私はそれがキリストとクリスチャンの関係を表していると思いました。

詩篇34:8
「主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。」と書いてあります。
私は1955年にキリストを信じて、初めてその素晴らしさを味わってから、もう56年間、主の素晴らしさを味わっています。その素晴らしさの味は蕎麦湯と同じ様にだんだんと美味しくなる味です。この賛美の通りです。

The longer I serve Him, the sweeter He grows,
主に仕えれば仕えるほど、主は素晴らしくなります。
The more that I love Him, more love He bestows,
主を愛すれば愛するほど、主は愛をあたえてくださいます。
Each day is like heaven, my heart overflows,
毎日は天国のようです。心は満ちあふれています。
The longer I serve Him, the sweeter He grows.
主に仕えれば仕えるほど、主は素晴らしくなります。

皆さんにもお勧めします。キリストの愛と恵みの素晴らしさを味わって見て下さい。とっても美味しいですヨ。 

私の説教を台無しにした間違い 

Cowboy 説教の中で私はアメリカのカウボーイの話をしました。毎週末に彼は馬に乗って町に行きました。酒場の前に馬を繋いでから、彼は酒場に入って酔っ払うまで飲みました。

ある日、そのカウボーイはキリストを信じました。次の日曜日に彼は町に行きました。酒場の前に馬を繋いでから、彼は教会に行きました。その様子を見た教会員は彼に言いました。「あなたは、もうクリスチャンですから、酒場の前に馬を繋ぐ事はよくありません」勿論この例話の意味は、人がクリスチャンになってから、行動は変わる筈です。

このカウボーイの話をした時に私は「カウボーイは町に行って馬を酒場の前に繋いだ」というつもりでしたが、私は説教を台無しにする間違いをしました。
私は「カウボーイは町に行って妻を酒場の前で繋いだ」と言ってしまいました。
普通、私は日本語の間違いをする時、教会の皆さんは親切ですから、誰も笑いませんが「馬」「妻」の間違いはあまりにもおかしかったから、皆さんはクスクス笑いはじめました。私は説教を続けようとしましたが、笑いをこらえている人が何人もいたので、説教はまだ終わっていなかったのに、私は途中でやめました。


真面目な説教を台無しにするのに、一つだけの間違いは充分です。だからこそ、私は聖書の完全を感謝しています。聖書に間違いが一つでもあったら、その一つだけの間違いは私達の信仰に大変な影響を与えるから、神様は私達に純粋な御言葉を与えて下さいました。

「主のみことばは混じりけのないことば。」詩篇12-6
「主のみことばは純粋」詩篇18-30
「神のことばは、すべて純粋。」
箴言3-5

日本語で聖書を教えようとする宣教師達の説教に間違いは沢山ありますが、私達が宣べ伝えている御言葉に間違いはありません!

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