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イエス様の奥さん 

先週、宗教の世界ではイエス様に奥さんがあったかも知れないと言うニュースに驚きました。
ハーバード大学神学大学院(Harvard Divinity School)のカレン・キング教授は古いパピルスに「イエスは彼等に(私の妻……)と言う言葉を見つけたそうです。
キング教授は、このパピルスはイエス様が結婚していた事を証明していると主張しています。
さらに、彼女はイエス様の奥さんはマグダラのマリヤであったかもしれないと言っています。

パピルス 本当でしょうか。イエス様は結婚していた? もちろん、このニュースはデタラメです。
イエス・キリストと聖書に対する真実性を落とそうとしているこの世の策略です。
(2003年のダビンチ・コード(小説)と同じようなものです)

まず、そのパピルスは疑わしいものです。
それは名刺と同じ位の大きさの紙片です。
キング教授はこのパピルスを東ドイツで買った人から譲ってもらい、その方からもらったそうです。

Harvard Theological Review と言う雑誌の編集長が3人の学者と話し合い、その結果2人はそのパピルスの真実性に疑いを表しました。  

そのパピルスは4世紀の物だと思われています。私達は400年もイエス様の時代から離れているパピルスの紙片を信じるべきでしょうか。
あるいは、3年間キリストと一緒に生活した弟子達の記録を信じるべきでしょうか。
キリストの生涯を書いたマタイ、マルコ、ルカとヨハネはイエス様の奥さんの事を全く書いていません。

昔から聖書を信じないキング教授のような人々はキリストの神性(キリストが神の子である事)を攻撃します。
彼らはキリストが私達を罪から救うために天国から来られた神の子である事を認めずに、イエス様を私たちと同じような人間にしようとしています。

聖書はキング教授のような人について何と述べているでしょうか。
「イエスを告白しない霊はどれ一つとして神から出たものではありません。それは反キリストの霊です。あなたがたはそれが来ることを聞いていたのですが、今それが世に来ているのです。」
第1ヨハネ4:3 

バプテスマによる殺人 

牧師がしなければならない仕事の中で、私がどうしても上手に出来ない事があります。
キリストを信じた人にバプテスマを授ける事です。
なぜだか分かりませんが、私はバプテスマ式をスムースに行う事が出来ません。
先日のバプテスマ式もそうでした。一人の兄弟にバプテスマを授けようとした時、私の手が彼の顔から首にすべりました。

バプテスマ 後で、バプテスマ式の写真を見た時、みんな笑いました。
目をつぶっている兄弟の首に私の手がかかっていました。まるで、私が兄弟を絞め殺そうとしている様でありました。
私はその写真に「バプテスマによる殺人」と言うタイトルをつけて、冗談を兄弟に言いました。
「私はあなたを直ぐ天国に行かせてあげるつもりでした」

皆さんは、私が言った冗談を真面目に考えた事がありますか。
それは、私達がイエス様を信じてから、さっそく天国に行く事が出来たらと言う事です。それが出来たら、私たちは信仰生活に伴う全ての試練と困難を避ける事ができます。

もちろん、これは神様の計画ではありません。
神様の計画はローマ人への手紙6:4に説明されています。
「私たちは、キリストの死にあずかるバプテスマによって、キリストとともに葬られたのです。それは、キリストが御父の栄光によって死者の中からよみがえられたように、私たちも、いのちにあって新しい歩みをするためです」

もし私達が、キリストを信じてからすぐ天国に行ったら、まだキリストを信じていない方々に福音を伝える人が残りません。
神様は私達に、この世に残って、新しい歩みをする事によって、御自分の証人になる事を望んでおられます。

人々が私達の新しい生き方を見て、私達の新しい話し方を聞き、私達の新しい考え方に気付く時、私達は彼等に自分達を新しくして下さった神様を紹介する事が出来ます。 

心の干ばつ 

今年、アメリカの中西部と呼ばれている9つの州で大変な干ばつが起こっています。こんなにひどい干ばつは50年ぶりだそうです。特に干ばつの影響を受けてい作物はトウモロコシと大豆と小麦です。

旱魃 アメリカの干ばつは日本の物価にも影響を与えています。毎年日本は、15,000,000tのトウモロコシと2,800,000tの大豆をアメリカから輸入しています。
アメリカの干ばつが続けば続くほどトウモロコシと大豆の値段が上がります。牛肉、酪製品、サラダ油、豆腐等の値段が上がります。
Japan Timesの記事によると、サラダ油を製造している会社は今年すでに2回も値上げしました。  

雨不足の畑と牧場が私達の生活に影響を与えるように、神様に不足している心は私達の人生の幸福に大きな影響を与える事ができます。確かに、地上の干ばつは大変ですが、心の干ばつはもっと大変です。
人間は神様と交わるために造られたものですから、神様がおられない人間の心は乾ききった地のようです。

もちろん、乾ききった地に必要なものは水です。
同じように、渇ききった心に必要なものイエス・キリストが与えて下さる「生ける水です」

ヨハネの福音書7:37-38でイエスは言われました。
「だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。わたしを信じる者は、聖書が言っているとおりに、その人の心の奥底から、生ける水の川が流れ出るようになる」

詩篇143:6でダビデは神様に言いました。
「あなたに向かって、私は手を差し伸べ、私のたましいは、かわききった地のように、あなたを慕います」
もし今、あなたの心で干ばつが起こっているなら、神様を慕う心を持って、キリストのもとに来て飲んで下さい。  

ヨハネの福音書4:14
でキリストは言われました。
「わたしが与える水を飲む者はだれでも、決して渇くことがありません。わたしが与える水は、その人のうちで泉となり、永遠のいのちへの水がわき出ます」 
 

DON’T TRY THIS AT HOME ! 

私がこの事を話すと、ほとんどの人は驚きますが、私はプロレスリングの大ファンです。毎週私はアメリカのプロレスの番組を見ます。
人々は、よく私に言います。「でも、先生、彼等は本気にレスリングをやっていないよ。 ただのショーです」私はプロレスが本当のスポーツではないと分かっています。しかし、私にとって、プロレスはとっても面白いドラマです。

プロレス 番組の途中で数回この警告の言葉がスクリーンに現れます。DON’T TRY THIS AT HOME !
それは「私達がやっているスタントを家でやってはいけません!」という意味です。
日々、
 訓練を受けているプロレスラーは、ケガをせずにそのスタントができるようになっています。
訓練を受けていない子供や若者がそのスタントをやると、打撲や骨折などを負い危険です。

同じようにエペソ人への手紙の4章を読むと、私達は、夫と妻、また親と子供が家でやってはいけない事を見つける事ができます。
家庭の幸福を守るためにDON’T TRY THIS AT HOME !

1.いつわりを言ってはいけません。
「あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。」エペソ4:25
嘘には夫婦の信頼関係と親子の信頼関係を壊す力があります。夫婦も親子もいつもお互いに真実を語り合うべきです。

2.おこったままで寝てはいけません。
「日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。」
エペソ4:26

家族との喧嘩を完全に避ける事ができないけど、寝る前に一緒に祈って、お互いに赦し合いましょう。
「お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」 エペソ4:32  

3.叫んではいけません。
「無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。」エペソ4:31

専門家の研究によって、次の2つの事が証明されています。まず、叫びは叫びを生み出します。そして、叫ぶ親は叫ぶ子供を育てます。

幸福な家庭の平安を保つために、この3つの習慣をやめましょう。
DON’T TRY THIS AT HOME ! 

荷物のそばにとどまる者 

夏キャンプに行った時、毎朝ラジオ体操がありました。足が痛いので、私はラジオ体操の時は後の席に座りました。私を見た数人の婦人達は荷物を持って来て、「荷物を先生のそばに置いてもいいですか?」と聞きました。私は「はい、いいですよ」と答えました。ラジオ体操している間、 私は彼女達の荷物の番をしました。 

ラジオ体操 その時、私は第1サムエル記30章の出来事を思い出しました。ダビデと400人の兵士達が敵を追撃している間に200人の兵士達は荷物のそばにとどまりました。戦いが終わった時、戦いに行ったある兵士達は荷物のそばにとどまった兵士達にぶんどりものを分けてやりたくありませんでした。
ダビデは彼等に言いました。「戦いに下って行った者への分け前も、荷物のそばにとどまっていた者への分け前も同じだ。共に同じく分け合わなければならない。」第1サムエル記30:24

この出来事は私達に海外宣教についての大事な真理を教えています。戦いに行った兵士達を海外宣教に行く宣教師達と例える事ができます。そして、荷物のそばにとどまった兵士達を教会に残って、献金と祈りを通して宣教師達を援助するクリスチャン達と例える事ができます。

小倉BBCは台湾の高雄で伝道している堺先生御夫妻の派遣教会です。さらに、この教会は数人の宣教師達にサポートを送っています。その宣教師達がとらえたぶんどりもの(救われた魂)は彼らだけの報になるでしょうか。違います。戦いに行った宣教師達の分け前も、荷物のそばにとどまった私達の分け前も同じです。

使徒パウロは自分を援助して下さったピリピのクリスチャン達にこの言葉を書き送りました。「私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。」(ピリピ4:17)

英語の聖書には「余りある果実」と書いてあります。宣教師達が結んだ「実」は私達の実にもなります。忠実に荷物のそばにとどまりましょう。 

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