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空のもの 

あらゆる場合において、空のものは私達を悲しくさせます。
例えば、私が誰もいない家に帰る度に寂しくて悲しくなります。

よみがえり どこかに行く途中、車のガソリンタンクが空になると、私達は悲しくなります。
ある日、私はアメリカの北部アイオワ州でその経験をしました。
1月の非常に寒い日でした。その寒さの中でガソリンスタンドまで歩かなければならなかった私は非常に悲しかった。

空のバプテスマのプールは教会の牧師を悲しませるものです。
ある日曜日に小倉教会でバプテスマ式を行う予定でした。 土曜日に私は教会に行って、プールに水を沢山入れました。 しかし次の朝、私が教会に行った時、プールは水圧のために破裂して、空になっていました。 バプテスマ式は中止しなければなりませんでした。 私はとても悲しかった。

しかし、私達を喜ばせる空のものが一つあります。
イエス・キリストの空の墓です。キリストは十字架の上で私達の罪のために死んでくださいました。2人の弟子、ヨセフとニコデモはキリストの体を十字架から降ろして、亜麻布で巻いて、墓に納めました。(ヨハネの福音書19:38~42)

日曜日の朝に数人の女性達はキリストの体に油を塗るために墓に来ました。墓に着いた時、驚きました。墓の入口にあった大きな石は転がしてあって、彼等は墓に入りました。
墓の中に主の御使いがいました。彼は彼女達に言いました。
「驚いてはいけません。あなたがたは、十字架につけられたナザレ人イエスを捜しているのでしょう。あの方はよみがえられました。ここにはおられません。ご覧なさい。 ここがあの方の納められた所です。」マルコの福音書16: 6

そうです。 墓は空でした。 キリストは、よみがえりました! 
第1ペテロ1:3「神は、ご自分の大きなあわれみのゆえに、イエス・キリストが死者の中からよみがえられたことによって、私たちを新しく生まれさせて、生ける望みを持つようにしてくださいました。」と書いてあります。

私達に生ける望みを与えて下さったキリストの空の墓のゆえに喜びましょう。 


アミュージング・グレース 

Amusing
ビッグ・ニュースがあります!
3月25日に私の本が株式会社ヨベルから出版されます。
本のタイトルは『アミュージング・グレース』です。

キリスト教関係の本屋で買う事ができます。
また、小倉聖書バプテスト教会
  Amazon Japan  株式会社ヨベルを通して買う事もできます。
本の内容は私が小倉聖書バプテスト教会の週報に書いた短いメッセージ集です。

この本は2010年の10月にアメリカで出版されたThe Amusings of a Missionaryの日本語版です。(英語版と内容は少し違います)

本は、このような内容(タイトル)です。


◆タコが入っていないタコ焼き
ラーメン二郎
信仰生活のさ・し・す・せ・そ
クモはどこだ!クモはどこだ!
魚とチューインガム

駅で隠れんぼ

福袋のデボーション

ジャンケン
座布団投げ

風船はどこですか?
28,826人の中から選ばれた私
Golden Weekはあまり「Golden」ではありません
阿蘇山上の事件

駅で隠れんぼ
歯?神経?耳?肩?首?
ダビデとゴジラ
「熱い」説教

ゼロが多すぎます
パジャマの一日
掃除の前の掃除
酔う花

でっかい草との戦い
ポストの中の石
銀行に6回も
まあ!まあ!

トン・トン・トン
等です。

ぜひ、読んで見て下さい。そして、本が良かったら、友達にも推薦して下さい。
(本の売り上げは、私にではなく、小倉聖書バプテスト教会となります)

 

突 然 ! 

2011年3月11日の午後、あなたは、どこにいたか覚えていますか? 
私は病院の待合室にいました。突然、看護師が走って来て、テレビをつけました。待合室の数人と共に、あ然としてテレビを見つめていました。市街地まで襲ってきた津波を見た時の驚きをよく覚えています。

先週テレビの History Channel は東日本大震災を記念する特別番組を放送しました。
突然! 内容は映画ではなくて、目撃者達が自分のビデオカメラで撮った突然の自然災害のシーンでした。
例えば、南アフリカの突風、オーストラリアの稲妻、アメリカの雹の嵐と竜巻と地震と洪水、トルコの地震、ブラジルの山崩れ、ネパールの雪崩等のビデオが放送されました。自然の突然の恐ろしさを見ながら、私は繰り返し言いました。「信じられない!」
北九州市に住んで私達はあまり自然災害を心配する必要がありません。私は45年間この地方に住んでいるけど、最も強い地震はマグニチュード5でした。家や教会に被害を与える台風が一つだけでした。

しかし、私達も油断できません。聖書の箴言27:1に書いてある通りです。
「あすのことを誇るな。一日のうちに何が起こるか、あなたは知らないからだ。」
英語の聖書に suddenly と言う単語が41回も出てきます。日本語の聖書はその中の15回「突然」と翻訳しています。
その中の二つの箇所は特に印象的です。

「しかも、人は自分の時を知らない。悪い網にかかった魚のように、わなにかかった鳥のように、人の子らもまた、わざわいの時が突然彼らを襲うと、それにかかってしまう。」(伝道者の書9:12)

私は皆さんに自然災害を恐れながら生活する事を勧めていません。私が勧めている事は、今日か明日、私達が住んでいる町で突然の自然災害が起こっても、神様に会う準備をする事です。

「あなたはあなたの神に会う備えをせよ。」
(アモス書4:12)

私は天国に行きたい! 

聖書は天国の実在を教えています。
私の英語の聖書にheaven (天国)と言う言葉は500回以上出てきます。
Heaven 私は聖書が神様の完全な御言葉であると確信し、私は聖書の全てを信じています。

私は聖書が教えている天国に行きたいのです。
天国に行きたい理由は沢山ありますが、これは私が天国に行きたい理由のベスト5です。

⑤バナナを食べたい
何故か分かりませんが、私はバナナを食べる事ができません。バナナを食べると、私のお腹は直ぐ嘔吐します。しかし、天国に行くと、私の体は、よみがられたキリストの栄光を受けた体と同じような体になるので、私はバナナを食べる事ができます。

④外国語で話す苦労は、もうありません。
天国に行くと、私達は何語を話すか分かりませんが、多くの学者は天国の言語はヘブル語だと思っています。或いは、使徒の働き2:6に書いてあるように、私達は外国語を話す人の言葉を自分の国の言葉で聞くかも知れません。

③もう死ぬ事も、泣く事も、悲しむ事も、苦しむ事もありません。黙示録21:4

②妻と母に会いたい。
私の妻も母もクリスチャンでした。母は2001年に、召されました。妻は2007年に天国に行きました。聖書によると、いつか私と妻と母は天国でいつまでも一緒にいるようになります。
 第1テサロニケ4:13-17

①イエス様に合いたい。
想像して見て下さい。十字架の上で私達の罪のために死んで下さったイエス様に、顔と顔を合わせて、合うその瞬間の気持ち。

アメリカに「Face To Face」という賛美があります。

 Face to face with Christ my Savior, face to face, what will it be,
 when with rapture I behold Him, Jesus Christ who died for me?


 わがつみのために、 みうせたまいし、 主をはいしまつる、 ひぞなつかしき。
 みるところいまは、 かすかなれども、 そのひにはかおを、 あわせてあいみん。

 
(聖歌641番1節と2節) 


私のトロフィー 

今までに私がトロフィーをもらった事は1回だけでした。
若い時に私はボウリング・リーグのチームに入っていました。
私のアベレージは130位でしたが、同じチームにボウリングのコーチの息子さんがいたので、私達のチームは優勝しました。チーム全てのメンバーにトロフィーを戴きました。
私はそのトロフィーをずっと大切にしていましたが、ある日トロフィーは壊れてしまったので、捨ててしまいました。

トロフィー 4週間前ブログに書いたように、私はインターネットの相撲ゲームの全勝優勝をしました。
私と同じゲームをやっている息子から全勝優勝を記念する素敵なトロフィーを贈ってくれました。
トロフィーの上には力士の人形が立っています。
下には
  「2013年初場所   優勝15-0 KIBOOYAMA」  と書いてあります。

聖書に「トロフィー」と言う言葉は出ません。
しかし、クリスチャンがもらう事のできるトロフィーのような物があります。それは、冠です。
聖書によると、主から冠をもらう事ができるクリスチャンはこんなクリスチャンです。

主の再臨を待ち望んでいるクリスチャン。
第2テモテへの手紙の4:8に使徒パウロは書きました。「今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」

試練に耐えて、主を愛するクリスチャン。
「試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。」ヤコブの手紙1:12

死に至るまで忠実であるクリスチャン。
「死に至るまで忠実でありなさい。そうすれば、わたしはあなたにいのちの冠を与えよう。」黙示録2:10b

冠をもらう事ができたクリスチャンはその冠をどうしますか
黙示録4:10によると、「私達は自分の冠を十字架の上で私達のためにいばらの冠を被った主に捧げます。」

主に捧げる冠があるように、主の再臨を待ち望みながら、試練に耐えて、死に至るまで忠実でありましょう。


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