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ANYTHING, ANYWHERE, ANYTIME 

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娘の車に乗っている時、私は前を走っている引越会社のトラックを見ていました。トラックの後ろに会社のスローガンがありました。

 ◆ANYTHING(何でも)
 ◆ANYWHERE(どこでも)
 ◆ANYTIME(いつでも)

このスローガンは、よく教会で使われている言葉を表しています。
その言葉は「献身」です。献身する事とは何ですか?
神様にこの事を誓う事です。
「主よ、私はあなたのために何でもします。どこでも行きます。いつでもします」
多くのクリスチャンは、献身する事は牧師や宣教師になる人がする事だと思い違いをしています。献身する事はフルタイムの伝道者だけがする事ではありません。

一人ひとりのクリスチャンは神様に
ANYTHING, ANYWHERE, ANYTIMEと約束すべきです。
もちろん、主の御心であれば、伝道者になるべきですが、伝道者になるように導かれないクリスチャンも、「主よ、私は自分の教会であなたのために何でも(ANYTHING)します。主の証人になるために、どこでも(ANYWHERE)行きます。日曜日に教会にいる時でだけでなく、いつでも(ANYTIME)主に仕えます」と献身しましょ
う。

第1列王記20:1~4に「献身」の意味を表す事件が記録されています。
アラムの王ベン・ハダデは彼の全軍勢を集めた。彼には三十二人の王と、馬と戦車とがあった。彼はサマリヤに上って来て、これを包囲して攻め、町に使者たちを遣わし、イスラエルの王アハブに、言わせた。「ベン・ハダデはこう言われる。『あなたの銀と金は私のもの。あなたの妻たちや子どもたちの最も美しい者も私のものだ。』」イスラエルの王は答えて言った。「王よ。仰せのとおりです。この私、および、私に属するものはすべてあなたのものです。」

私達も自分の王であるイエス様に同じ言葉を言いましょう。
「王よ。この私、および、私に属するものはすべてあなたのものです。」
この言葉で自分自身も自分の全ての持物も主に捧げて、ANYTHING(何でも)、ANYWHERE(どこでも)、ANYTIME(いつでも)神様に仕えましょう。

古いメガネと新しいメガネ 

アメリカに帰ってから、私は新しいメガネを作りました。
昨日メガネをかけた時、あまり良く見えなかったので、早速メガネの店に行って、女店員に文句を言いました。「新しいメガネは、古いメガネより見えにくく、良くなっていませんよ!」

メガネ 女店員は「もう一度、目の検査をして、視力を確かめましょう」と言いました。
検査技師は、もう一度、調べてレンズの新しいカルテを女店員に渡しました。
それを見た女店員は言いました。「このレンズは、先日作った新しいメガネと同じレンズですよ」

そして、彼女は言いました。「メガネを見せて下さい」メガネを渡すと、彼女はそのメガネのレンズを調べました。彼女の次の言葉は私をとても恥かしめる言葉でした。
「このメガネは、あなたの古いメガネですよ。新しいメガネではないので、良く見えなかったのですね。」

そうです。朝にメガネをかけた時、私は間違って、新しいメガネではなく、古いメガネをかけてしまったので、良く見えませんでした。 私は繰り返して「すみません」と言いながら、そそくさと店を出ました。

新しいメガネがあったのに、古いメガネをかけたので、自分の失敗、恥ずかしい経験をました。


クリスチャンになってから、何回も同じ様な経験をしています。
コリント人への手紙5:17に書いてあります。
「だれでもキリストのうちにあるなら、その人は新しく造られた者です。古いものは過ぎ去って、見よ、すべてが新しくなりました。」

聖書はキリストを信じる前の者を「古い人」と呼んで、キリストを信じた後の者を「新しい人」と呼んでいます。クリスチャン生活がなかなかうまくいかない時、それは私達が新しい人の目からではなくて、古い人の目から見るからです。

神様に喜ばれる歩みをするために、ちょうど私が良く見るために古いメガネを外して新しいメガネをかけなければならなかった様に、わたし達は古い人を脱ぎ捨てて、新しい人を身に着なければなりません。

「その教えとは、あなたがたの以前の生活について言ならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、 またあなたがたが心の霊において新しくされ、 真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。」
エペソ人への手紙4:22-24 

マナーモードの信仰生活 

水曜日の夕方、私は孫達と一緒に娘の車で教会に行きました。
まずPM 5:15~6:30まで食事がありました。娘婿は職場から直接自分の車で教会に行きました。食事の後、皆は合同集会ではなく、男性・女性・青年と子供に分かれて聖書を学びます。私は娘婿と一緒に10人位の男性が集まっているクラスに参加しました。

マナーモード 男性のクラスが早く終わったので、私と彼は出口に行って、娘と孫達を待ちました。雨が降っていたので、彼は自分の車のキーをつかって娘の車を出口付近まで動かしました。娘と孫達が出て来て、私達は娘の車で帰りました。

しかし、彼の車のキーは、まだ娘の車に付いたままだったので、彼は帰る事が出来なくなりました。自分の車のキーがないと分かった時、彼はすぐ娘の携帯に連絡したが、携帯電話はマナーモードになっていて、ハンドバッグの中に入っていたため、娘は気が付きませんでした。そして、彼から固定電話に連絡があり、私は教会まで彼の車のキーを持って行かなければなりませんでした。

この出来事はある種の信仰生活を表しています。この種の信仰生活を「マナーモードの信仰生活」と名付けましょう。
心がマナーモードの状態の時、神様の御声を聞く事が出来ないクリスチャンの信仰生活です。
イザヤ65:12と66:4
で神様はイスラエルの民に言われました。
「わたしが呼んでも答えず、わたしが語りかけても聞かず、わたしの目の前に悪を行ない、わたしの喜ばない事を選んだ」彼等の心はマナーモードになっていました。

神様は祈りと御言葉を通して私たちに呼びかけますが、一日の間に私達が全然聖書を読まない時、毎日一度も祈らない時、私達の心はマナーモードになっています。
神様は私達に連絡する事ができません。

また、神様は教会で牧師のメッセージを通して私達を呼んで下さるので、教会では、携帯電話をマナーモードにしますが、心がマナーモードにならないように気を付けましょう。


安 全 な 巣 

春から秋にかけてアメリカ人は屋外で大きなグリルでステーキ・ハンバーガー・ホットドッグ等を焼くバーベキューが大好きです。先日、私の娘婿はグリルを掃除しようと蓋を開けたところ、彼はビックリしました。グリルの中に数羽の鳥の子が入っていました。
小鳥が飛べるようになるまで、グリルを使う事ができないので、彼は困っています。

ひな鳥 娘が私に鳥の巣を見せた時、早速うかんできた言葉は「安全」でした。グリルは鉄で出来ていて、蓋があるので、小鳥は風や雨から守られています。
また、グリルの穴は小鳥のお母さんやお父さんが出入りできる位の大きさで、小鳥は犬や猫のような動物から守られていて安全な巣です。


キリストを信じている人も安全な巣の中にいます。その巣はキリストの御手の中です。
ヨハネの福音書10:28-29にキリストは御自分を信じる者について言われました。
「わたしは彼らに永遠のいのちを与えます。彼らは決して滅びることがなく、また、だれもわたしの手から彼らを奪い去るようなことはありません。 わたしに彼らをお与えになった父は、すべてにまさって偉大です。だれもわたしの父の御手から彼らを奪い去ることはできません。」

英語の聖書は、キリストを信じる者の状態を説明するために
「in Christ」と言う言葉を使っています。
例えば、ローマ人への手紙8:1「こういうわけで、今は、キリスト・イエスにある者が罪に定められることは決してありません。」と書いてあります。
英語の聖書に「キリスト・イエスにある」「in Christ」となっています。

娘婿のグリルの中の巣にある小鳥が安全であるように、キリストを信じる信仰によってキリストの中にある者の魂は安全です。
困難の雨や試練の風が吹いても、キリストの中にある者は神の御力によって守られています。(第1ペテロ1:5)

聖歌にファニー・クロスビーが書いた「Safe in the Arms of Jesus」という賛美があります。
今度、私達が人生の嵐の中を歩いている時、この賛美を歌いましょう。 

    「イェスのみうでに」 聖歌 495番
♪ イェスのみうでに そのみむねに 静かにいこう われはやすし
   あまつつかいの うたの声も こころに近く きこゆるなり
   イェスのみうでに そのみむねに 静かにいこう われはやすし


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