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あなたの名前は、なんですか? 

私の名前(名字)はBOARDです。「板」と言う意味です。
BOARDと言う名字はアメリカ人では少ないです。

Name アメリカの2000年の人口調査によると、名字のベスト5は、Smith, Johnson, Williams, Brown Jonesです。SMITHと言うアメリカ人は2,300,000人以上います。BOARDと言う人はたった3,856人です。名字のリストの7,959番です。実はアメリカに「中村」と言う名字の人はBOARDより倍以上います。 (7,821人)

日本の場合、名字のベスト10は、次の通りだそうです。
①佐藤 ②鈴木 ③高橋 ④田中 ⑤渡辺
⑥伊藤 ⑦山本 ⑧中村 ⑨小林 ⑩斉藤
 
あなたの名前はこのリストに載っていますか。

もっと大切な質問をします。
あなたの名前は「いのちの書」に載っていますか。

「また私は、死んだ人々が、大きい者も、小さい者も御座の前に立っているのを見た。そして、数々の書物が開かれた。また、別の一つの書物も開かれたが、それは、いのちの書であった。」
黙示録20:12


いのちの書も名前のリストです。神様に遣わされた救い主であるイエス・キリストを信じた人々の名前です。名前がいのちの書に載っていない人々はどうなりますか。聖書の中の最も恐ろしい箇所である黙示録20:15にその答えが書いてあります。
「いのちの書に名のしるされていない者はみな、この火の池に投げ込まれた。」

聖書のヨハネの福音書3:16によると、神様は一人でもこの恐ろしい火の池の中に投げ込まれる事を望んでおられません。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」

もし、あなたがまだキリストを信じていなければ、今すぐキリストをあなたの救い主として受けいれて、神様にあなたの名前をいのちの書に書いていただいてください。もう、すでに名前がいのちの書に載っている皆さん、喜んでください。

「悪霊どもがあなたがたに服従するからといって、喜んではなりません。ただあなたがたの名が天に書きしるされていることを喜びなさい。」ルカの福音書10:20 


聖書とスポーツ 

先週の月曜日は「体育の日」でした。英語では Sports Day と言います。体育の日に私はテレビでアメリカン・フットボールとアメリカのメジャーリーグの試合を見ましたが、全く運動はしませんでした。

SPORTS DAY 私は、小さい時からスポーツが大好きです。私は、よく友達と一緒にアメリカでBIG 3と呼ばれている野球とバスケットとアメリカン・フットボールをしました。私は野球の選手になりたかったけど、バッテイングがだめでした。だから野球の選手になれないと分かった時、私はスポーツ・アナウンサーやスポーツについて書く新聞記者になりたいと思いましたが、神様には別の計画がありました。

聖書の中にスポーツに関する箇所は殆どありませんが、パウロが書いた手紙にスポーツを例話に使っている箇所があります。特に、競技場で走る人達の例話があります。

例えば、Ⅰコリント人への手紙9:24~26にこう書いてあります。
「競技場で走る人たちは、みな走っても、賞を受けるのはただひとりだ、ということを知っているでしょう。ですから、あなたがたも、賞を受けられるように走りなさい。また闘技をする者は、あらゆることについて自制します。彼らは朽ちる冠を受けるためにそうするのですが、私たちは朽ちない冠を受けるためにそうするのです。ですから、私は決勝点がどこかわからないような走り方はしていません。」

また、ヘブル人への手紙12:1~2「こういうわけで、このよう多くの証人たちが、雲のように私たちを取り巻いているのですから、私たちも、いっさいの重荷とまつわりつく罪とを捨てて、私たちの前に置かれている競走を忍耐をもって走り続けようではありませんか。信仰の創始者であり、完成者であるイエスから目を離さないでいなさい。」と書いてあります。

スポーツが好きであるクリスチャンも、嫌いであるクリスチャンも、また、スポーツが上手であるクリスチャンも、下手であるクリスチャンも、みんな「人生」という競技場で走っています。私達は主から賞を受けるために、パウロと同じ走りかたで走り続けましょう。

「兄弟たちよ。私は、自分はすでに捕えたなどと考えてはいません。ただ、この一事に励んでいます。すなわち、うしろのものを忘れ、ひたむきに前のものに向かって進み、キリスト・イエスにおいて上に召してくださる神の栄冠を得るために、目標を目ざして一心に走っているのです。」
ピリピ人への手紙3:13~14

彼を助けなければならない! 

想像して下さい。あなたは車の中でお父さんと一緒に踏切で待っています。その時、線路上で倒れている人を発見します。
電車は、間もなく来ます。さて、どうしますか?

踏切事故 その状況に置かれた横浜の さんは、お父さんに言いました。「彼を助けなければならない!」
お父さんは「いかないでおくれ、もう間に合わない!」と言いました。
Mさんは、車を降りて倒れているおじいさんを助けに行きました。

さんは彼を助ける事が出来ましたが、彼女自身は電車にはねられて亡くなりました。

さんは、政府から紅綬褒章(Red Ribbon)が授与されました。
これは、人を助けた勇気ある行動に与えられる勲章です。
また、政府は
さんの遺族にも彼女の勇敢な行動を記念する銀杯(Silver Cup)が贈られました。

さんの事を新聞で読んだ私は、とても感動しました。また、彼女の犠牲的な行動を読んだ時、私はキリストが私のためにして下さった事を思い出して感動しました。

聖書に「私たちがまだ罪人であったとき、キリストが私たちのために死んでくださったことにより、神は私たちに対するご自身の愛を明らかにしておられます。」と書いてあります。
(ローマ人への手紙5:8)

もし、私たちはMさんの行動に感動するなら、キリストの犠牲的な行動にもっと感動すべきではないでしょうか。なぜなら、
さんは1人の人を助けるために命を捨てましたが、キリストは全人類を助けるために十字架の上で命を捨てました。
この事も考えるべきです。

さんは一人の男性の命を助けるために死にましたが、キリストは私達の不死の魂を助けるために死なれました。

さんは政府から勲章をもらいました。
私達のために死んで下さったキリストは私達から何をもらうべきでしょうか。
それは、信仰と従順です。 

WALK と DON’T WALK 

日本の横断歩道に赤い信号機と青い信号機があります。
赤信号は立っている人の姿です。「今は横断してはいけない」と言う意味です。
青い信号は歩いている人の姿です。「今は横断してもよい」と言う意味です。

sign2 アメリカの横断歩道の信号機は違います。人の姿ではなく、文字です。
横断してもいい時は、WALKです。
横断してはいけない時は、DON’T WALKです。

先日、私が病院に行った時、横断歩道の信号は赤でした。右にも左にも車がありませんでした。周りに警察もいなかったので、赤なのに私は横断しようと思いました。「皆さんも時々そんな経験ありませんか」しかし、ちょうどその時、私は思い出しました。「警察は見ていないけど、見ている方がいます。神様です」これを思い出した私は信号が青になるまで待ちました。

箴言15:3「主の御目はどこにでもあり、悪人と善人とを見張っている。」と書いてあります。

エレミヤ書16:17
に神様は「わたしの目は彼らのすべての行ないを見ているからだ。彼らはわたしの前から隠れることはできない。また、彼らの咎もわたしの目の前から隠されはしない。」とあります。

もちろん、赤なのに横断する事はそんなに大な罪だと思われないけど、神様はそのような「小さな罪」「大きな罪」をも見ておられます。
例えば、私達が隠れた所で、誰も見ていない所で、神様に喜ばれない事をすれば、主はそれも御覧になります。

エレミヤ書23:24で神様は言われました。「人が隠れた所に身を隠したら、わたしは彼を見ることができないのか」

「神様はいつも見ておられる」とおぼえる事は、なぜ大切か。
なぜなら、ローマ人への手紙14:12 「私たちは、おのおの自分のことを神の御前に申し開きすることになります。」と書いてあるからです。

だから、今度してはいけない事をする誘惑にあった時、忘れないで下さい。
主は見ておられます!
 

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