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1個のミカン 

毎週、小倉教会は日曜日の礼拝が終わってから、みんなで一緒に昼食を食べます。 家で作った弁当を持って来る人、また私と同じようにコンビニで買って食べる人もいます。

ミカン 食事の時に私の隣に座る兄弟は奥さんが作った弁当を食べます。
食べ終わってから、彼は2個のミカンを出して「ミカンはどうですか」と言って、1個をワタシにくれます。 最近、水曜日夜の集会でも聖書の学びが終わってから彼はミカンをくれます。
ただ1個のミカンです。 しかし、私にとって、そのミカンは愛のしるしです。 だから、とってもおいしいミカンです。

彼だけではありません。 先週、金曜日夜の英会話に来た兄弟は「妻からです」と言って私に袋を渡してくれました。 その袋の中には、飲み物とクッキーが入っていました。それは、私にとって愛を表す物でした。とても価値のある物でした。

先月、教会でピクニックに行った時、私とアメリカから来た友達の弁当を作って下さった夫婦がいます。彩りの良いお弁当に一緒に入っていた愛はとってもおいしかった。

マタイの福音書10:42でキリストは言われました。
「わたしの弟子だというので、この小さい者たちのひとりに、水一杯でも飲ませるなら、まことに、あなたがたに告げます。その人は決して報いに漏れることはありせん。」

水一杯であっても、一個のミカンであっても、私達が他の日にあげる小さな物でも彼等に愛を示す物、また励ましを与える物となります。

また、マタイの福音書25:34~40によると、私たちが他の人にした事は主御自身にもした事ですから、イエス様も兄弟が私にくれるおいしいミカンを味わっておられるでしょう。
他の人に愛を示すために大きな事をしなくてもいいのです。
1個のミカンで充分であるかもしれません。


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