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みんなが眠っていました 

   電車寝てる 
先月、富山県に行った時、私はとても早く出掛けなければなりませんでした。
下曽根駅から電車に乗り、まだ7時前だったので、空いていると思ったけど、開いている席は一つもありませんでした。
小倉まで立って、座っているお客を見ると、ほとんどの人が眠っていました。

眠っている人々で一杯になっている電車を見つめながら私は今まで見たいくつかの教会を思いだしました。
教会員は日曜日の朝に集まっていますが、ほとんど伝道していません。国内の開拓伝道と海外宣教に対するビジョンがありません。眠っている教会です。

クリスチャンの皆さん、教会が眠っている教会になる事がないように気を付けましょう。
「ほかの人々のように眠っていないで、目をさまして、慎み深くしていましょう。 私たちは昼の者なので、信仰と愛を胸当てとして着け、救いの望みをかぶととしてかぶって、慎み深くしていましょう。」
Ⅰテサロニケ人への手紙5:6節・8節

マルコの福音書13章にキリストの再臨は旅に出かけた主人が家にもどる事とたとえられています。
「旅に立つ人が、出がけに、しもべたちにはそれぞれ仕事を割り当てて責任を持たせ、門番には目をさましているように言いつけるようなものです。 だから、目をさましていなさい。家の主人がいつ帰って来るか、夕方か、夜中か、鶏の鳴くころか、明け方か、わからないからです。 主人が不意に帰って来たとき眠っているのを見られないようにしなさい。」
マルコの福音書13:34~36
キリストが再び、おいでになる時に、眠っている教会を見られないようにしましょう。

マタイの福音書26章でイエスは弟子達に言われました。
「わたしは悲しみのあまり死ぬほどです。ここを離れないで、わたしといっしょに目をさましていなさい。」
マタイの福音書 26:38

しかし、イエスが弟子達の所にもどった時、彼等は眠っていました。イエスは彼等にこの悲しい事を言われました。
「あなたがたは、そんなに、一時間でも、わたしといっしょに目をさましていることができなかったのか。」
マタイの福音書 26:40

キリストが再び、おいでになる時、主が私達にこのような言葉を言われないように、目を覚まして、主の働きに励みましょう。

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