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YOU ARE HERE 

    YOU ARE HERE  
今回のメッセージは、特にクリスチャンのための
メッセージです。

「You are here」ターミナルや商店街等にある地図を見た時、この言葉を見た事がありますか。
もちろん「あなたは、ここにいます」と言う意味です。
地図を見る人に「現在地」を示す言葉です。

クリスチャンの皆さん、自分の今までの人生の地図を見てください。
その地図に「You are here」と書いてあります。
「Here」は、あなたの教会です。

皆さんは神様の導きによって教会にいます。
偶然ではありません。
もちろん、看板を見て教会に来た人がいます。
ある人は家のポストに入っていたトラクトを見て教会に決ました。
また、ホームページを見て教会に来た人もいます。
神様は色々な方法を通して私たちを教会に導いてくださいました。

また、神様は特別な目的を持って皆さんを
教会に導いて下さいます。
一人ひとりの兄弟・姉妹は、この教会にとって
必要な賜物を持っています。
その教会で信仰の根を下して、
その賜物を生かして一緒に主に仕えましょう。


使徒の働き4:32~33に、こう書いてあります。
「信じた者の群れは、心と思いを一つにして、だれひとりその持ち物を自分のものと言わず、すべてを共有にしていた。 使徒たちは、主イエスの復活を非常に力強くあかしし、大きな恵みがそのすべての者の上にあった。」

神様は、特別な目的を持って私たちを教会に導いて下さったのですから、エルサレムにあった教会の信者達と同じように、私達も心と思いを一つにして、各場所で福音を力強く宣べ伝え、神様に栄光を帰す教会を建て上げましょう。

「You are here」
あなたも
  私も  そのために  ここに  います。

岩の裂け目 

   Rock of ages 
皆さんは、今までに、こんな経験がありますか?
外出して、その日は晴れだったのに、傘を持っていなくて
突然、雨が降ってきました。
そんな時、びしょ濡れにならないためにどこかに隠れますか。

ある時、オーガスタス・トップラディーというイギリス人が道を歩いていると、突然、嵐に遭いました。
必死に隠れる場所を探した彼は、大きな岩にある裂け目を見つけ、その裂け目に身を隠しました。
すごい嵐で、木が倒れるほどの強い風が吹き、ピカ~・ゴロ・ゴロ~と稲妻と雷鳴がありました。しかし、岩の裂け目に隠れていたトップラディーさんは無事でした。

後に、彼はこの讃美歌を書きました。

(聖歌248番) かくせや われを
かくせや われを とこしえのいわ
 
 おんわきばらに わくみずと血に
 
 きよめよ われの けがれとつみを

5月に私達は、北九州市の平尾台に行きました。多くの岩を見渡していると、私は岩の裂け目を見てトップラディーさんの讃美歌を思い出しました。

また、私は、平尾台と同じような所で羊飼いの仕事をしたダビデの経験を想像しました。
突然の嵐が起こった時、ダビデも岩の裂け目に隠れたでしょう。岩の裂け目に隠れている時、ダビデは人生の嵐から自分を守って下さる神様の事を考えるようになって、
詩篇32:7を書きました。
「あなたは私の隠れ場。あなたは苦しみから私を守り、
    救いの歓声で、私を取り囲まれます。」

神様は、キリストを信じる人の隠れ場になって下さいます。
人生の嵐が来た時、クリスチャンは岩である神様の裂け目に隠れる事ができます。

(聖歌506番) いわなる イエス
いわなるイエスは わが身を みもとにひきあげ
 
 裂け目のなかに やすけく かくまいたまえり

なくなったスリッパ 

        スリッパ 
私はニューローパシー(足の神経障害)なので足に合わせて調整できるスリッパを履かなければなりません。
普通のスリッパを履くと、足が痛くなるので、どこへ行くにも、自分のスリッパを持って行きます。

先月、東京に行った時も、自分のスリッパを持って行きました。
2日目に私は東京の牧師と一緒に両国国技館と温泉とレストランに行きました。

私達が教会に戻った時、スリッパが片一方だけでした。
もう一つのスリッパはどこかで車から落としたのでしょうか。
私は、教会の少し小さなスリッパを履いて自分の部屋に戻りました。

もう夜となり、牧師御夫妻は疲れていたと思いますが、私が部屋に入ってから、牧師と奥さんは私のスリッパを探しに行って、それを両国国技館の駐車場で見つけて下さいました。
次の朝食の時に、彼等は私にそのなくなったスリッパを手渡して下さいました。
私は心から喜び感謝しました。

聖書にも同じような話が書いてあります。
ただなくなったスリッパではなく、いなくなった羊についての話です。

そこでイエスは、彼らにこのようなたとえを話された。
「あなたがたのうちに羊を百匹持っている人がいて、そのうちの一匹をなくしたら、その人は九十九匹を野原に残して、いなくなった一匹を見つけるまで捜し歩かないでしょうか。 見つけたら、大喜びでその羊をかついで、 帰って来て、友だちや近所の人たちを呼び集め、『いなくなった羊を見つけましたから、いっしょに喜んでください。』と言うでしょう。」
ルカの福音書15:3-6


いなくなった羊はひとり一人の人間を表しています。
聖書によると、
「私たちはみな、羊のようにさまよい、おのおの、自分かってな道に向かって行った。」
イザヤ書53:6


いなくなった羊を探しに行った羊飼いは、
キリストを表しています。

ルカの福音書19:10によると、
キリストは
失われた人を捜して救うために来たのです。」


いろんな方法で神様を求めている皆さん、ぜひこの素晴らしい真実を理解して下さい。
愛に満ちている神様はあなたを探しておられます。

大きな岩 

   平尾台 
ゴールデン・ウイークに小倉教会と北九州教会と博多の教会が北九州市の平尾台で合同ピクニックを行いました。
美味しいお弁当と楽しい交わりの後、みんなは近くの山に登る事にしました。
私も途中まで一緒に行ったけど、足がとても痛くなったので、私は戻りました。
山を下りて来るみんなを待っている間に、私は日陰になっている場所を見つけて、岩の上に座って、平尾台の絶景を楽しみました。
多くの岩の中から特に目立つ大な岩がありました。その岩を見ながら、私は聖書の箇所を思いだしました。

その箇所はダビデが書いた詩篇18篇です。
羊飼いの仕事をしながら、ダビデは岩の多いイスラエルの山を見つめていたでしょう。そして、私と同じように、ダビデも多くの岩の中の大な岩に気がついて、この言葉を書きました。
「主はわが巌、わがとりで、わが救い主、身を避けるわが岩、
 わが神。わが盾、わが救いの角、わがやぐら。」
 詩篇18:2

詩篇62:7で、ダビデはこの事も書きました。
「私の救いと、私の栄光は、神にかかっている。
私の力の岩と避け所は、神のうちにある。」

神様は御自分を信じる人の力の岩になって、その人の人生を安定させて下さいます。
詩篇40:1~3でダビデはこの証しを書きました。
「私は切なる思いで主を待ち望んだ。主は、私のほうに身を傾け、私の叫びをお聞きになり、 私を滅びの穴から、泥沼から、引き上げてくださった。そして私の足を巌の上に置き、私の歩みを確かにされた。 主は、私の口に、新しい歌、われらの神への賛美を授けられた。多くの者は見、そして恐れ、主に信頼しよう。」

  聖歌にこの讃美があります。
 ♬「のぞみはただ主の血と義にあるのみ
  
   いかでか他のものたよりとなすべき
   
   イエスこいわなれ堅固なるいわなれ
            ほかはすな地なり。」

    「
聖歌236  望みはだだ主の

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