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神様からのプレゼントを開けましょう! 

私は、このメッセージを12月24日に書いています。

今日は、クリスマス・イブの朝です。このメッセージを書いて、クリスマスプレゼントを開けるつもりです。普通は、クリスマスの日まで待つのですが明日、鹿児島まで旅行に行くのでプレゼントを空ける時間がないので今日、開けます。娘たちからのプレゼン・ワイエット先生達からのプレゼント・教会の方からのプレゼントがあるので私は、とても興奮しています。

皆さんは、クリスマスのプレゼントをすでに開けたと思いますが神様のプレゼントを開けることを忘れないでください。神様は、私たちにどんなプレゼントをくださるでしょうか。

まず、神様は導きを与えてくださいます。このプレゼントを開ける方法は箴言3:5~6に書いてあります。
「心を尽くして主に拠り頼め。自分の悟りにたよるな。あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。」

神様は、日々の必要なものを与えてくださいます。このプレゼントを開ける方法は、マタイの福音書6:31節と33節に書いてあります。
「そういうわけだから、何を食べるか、何を飲むか、何を着るか、などと言って心配するのはやめなさい。神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。」

神様は、平安を与えてくださいます。このプレゼントを開ける方法は、ピリピ人への手紙4:6~7に書いてあります。
「何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。」

私たちは、クリスマスプレゼントをクリスマスの日だけ開けますが、幸いなことに私たちは、神様のプレゼントを毎日開けることができます。

   
present 2  

LET’S OPEN GOD’S PRESENTS 

(I wrote this message on the 24th.)

Today is Christmas Eve morning. After I write this message, I am going to open my Christmas presents. Usually I open my presents on Christmas, but I am going to drive to Kagoshima tomorrow, so I will not have time to open my presents; therefore, I shall open them today. I have presents from my daughters, presents from the Wyatts, and presents from church people, so I am very excited.

I think you have opened your Christmas presents already, but do not forget to open your presents from God. What kind of presents does God give us.

First, He gives us guidance. Proverbs 3:5-6 teaches us how to open this present.
Trust in the LORD with all your heart,and lean not on your own understanding; In all your ways acknowledge Him, and He shall direct your paths.

Second, He gives us our daily needs. Matthew 6 verses 31 and 33 teach us how to open this present.
Therefore do not worry, saying, ‘What shall we eat?’ or ‘What shall we drink?’ or ‘What shall we wear?’ But seek first the kingdom of God and His righteousness, and all these things shall be added to you.

Third, He gives us peace.
Philippians 4:6-7 teaches us how to open this present. 
 Be anxious for nothing, but in everything by prayer and supplication, with thanksgiving, let your requests be made known to God; and the peace of God, which surpasses all understanding, will guard your hearts and minds through Christ Jesus.

We open Christmas presents only in December, but happily, we can open the presents of God every day.

ホワイト・クリスマス 

1941年にビング・クロスビーという歌手が「ホワイト・クリスマス」という曲を発表しました。
この歌は、世界で最も人気のあるクリスマスソングとなりました。およそ100 million copies(1億枚)以上を売り上げているそうです。

私は、アメリカのバージニア州で生まれました。故郷で数回「ホワイト・クリスマス」を経験した事があります。
しかし、51年前に九州に来てからは、一度も「ホワイト・クリスマス」を経験した事はありません。その歌詞のように、
私も「I’m dreaming of a white Christmas.」
しかし、九州に住んでいる限り、雪が降るクリスマスを見る可能性は、低いと思います。

本当の「ホワイト・クリスマス」を見ることができなくても、私たちは、心の中で「ホワイト・クリスマス」を経験することができます。聖書のイザヤ書1:18に書いてあります。
「「さあ、来たれ。論じ合おう。」と主は仰せられる。「たとい、あなたがたの罪が緋のように赤くても、雪のように白くなる。たとい、紅のように赤くても、羊の毛のようになる。」

聖書によると罪の色は、黒ではありません。赤です。
私たちが犯している罪のゆえに私たちの心は、深紅のように赤くなりました。
しかし、私たちは、神様が遣わしてくださった救い主イエス・キリストを信じれば、私たちの赤い心は、雪のように白くなります。「御子イエスの血はすべての罪から私たちをきよめます」Ⅰヨハネの手紙1:7

大変な罪を犯したダビデは詩篇51:7でこの祈りをしました。
「私の罪を除いてきよめてください。そうすれば、私はきよくなりましょう。私を洗ってください。そうすれば、私は雪よりも白くなりましょう。」
自分の心で「ホワイト・クリスマス」を経験したい方は、同じ祈りをしてみてください。

   
white Christmas 

WHITE CHRISTMAS 

In 1941 a singer named Bing Crosby sang a song entitled “White Christmas.” This song became the most popular Christmas song. It has sold over 100 million copies.

I was born in America in the state of Virginia. Several times I was able to see a white Christmas there. However, since I came to Kyushu 51 years ago, I have never seen a white Christmas. Just like the song, “I am dreaming of a white Christmas.” However, as long as I am living in Kyushu, the possibility of my seeing a white Christmas is very low.

Even if we cannot see a white Christmas, we can experience a white Christmas in our heart. In Isaiah 1:18 it is written, Come now, and let us reason together, says the LORD, Though your sins are like scarlet, they shall be as white as snow; Though they are red like crimson, they shall be as wool.

According to the Bible, the color of sin is not black. It is red. Because of the sins we have committed, our hearts have become red like scarlet and crimson. However, if we will believe in the Savior, Jesus Christ, whom God has sent, our red hearts will become as white as snow.
The blood of Jesus Christ His Son cleanses us from all sin. (First John 1:7)

David, who committed a terrible sin, prayed this prayer in Psalm 51:7 Purge me, and I shall be clean; Wash me, and I shall be whiter than snow. If you would like to experience a white Christmas in your heart, try praying this prayer.

無料のパン 

東京に住んでいる私の知り合いが毎週 “コストコ” から売れなかったパンを無料で貰います。
そして彼は、そのパンを依頼があったら他の宣教師に送ります。
先週の日曜日に私は、その無料のパンを頂きました。
おいしいパンが沢山入っている大きな箱が家に届きました。
そのパンを数人の教会員と近所の人達に差し上げました。

聖書のヨハネの福音書6:35によると、もう一つの無料のパンがあります。
キリストは言われました。
「わたしがいのちのパンです。わたしに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者はどんなときにも、決して渇くことがありません。」

私が貰ったパンとキリストが与える命のパンに3つの大きな違いがあります。
第1に、私が貰ったパンは、本当は無料のパンではありませんでした。
パンは無料でしたが、私は、送料を着払いしなければなりませんでした。
しかし、自分の罪を求めてキリストを信じる人は、命のパンを無料で受けることができます。

第2に、届いたパンを貰った人達は、わずかでした。パンが家に届いた時、数人の教会員は、もうすでに帰宅していたので、残念なことに彼らは、パンを貰うことができませんでした。
それと違って、全ての人々は、キリストが与える命のパンを受けることができます。

第3に、私からパンを貰った人達は、そのパンを食べて満たされますが、次の日、彼らは、また飢えるのです。
しかし、命のパンであるキリストを信じる人は、永遠に心を満足させるパンを受けます。

心のための無料の命のパンがあります。
キリストを信じる信仰によってそのパンを受けましょう。
そして、もうすでにそのパンを受けた人は、そのパンをできるだけ多くの人達に分け与えましょう。

   
FREE BREAD 

FREE BREAD 

Every week an acquaintance of mine living in Tokyo receives unsold bread from Costco and gives it to missionaries who request it. Last Sunday I was able to receive some of that free bread. A large box filled with delicious bread came to my house. I shared that bread with several church members and some neighbors.

According to John 6:35 in the Bible, there is another free bread. Christ said, I am the bread of life. He who comes to Me shall never hunger, and he who believes in Me shall never thirst.

There are three big differences between the bread that I received and the bread of life that Christ gives. First, the bread that I received was not really free. The bread itself was free, but I had to pay the shipping fee. However, the person who will admit his sins and believe in Christ can receive the bread of life for free.

Second, there were few people who received the bread. When the bread arrived, some of the church members had already left, so, regrettably, they did not receive any bread. Different from that, all people can receive the bread of life that Christ gives.

Third, the people who received bread from me will eat that bread and be full, but tomorrow they will be hungry again. However, those who believe in Christ the bread of life will receive bread that will satisfy their heart forever.

The bread of life is free! Let us receive that bread through faith in Christ, and those of us who have already received that bread, let us share it with as many people as possible.

クリスチャン と 教会 

神様に喜ばれるクリスチャンになるために私たちは「教会に行かなければならないでしょうか?」
今日、多くの人は「いいえ」と答えます。
「私は、クリスチャンです」と言いながら彼らは教会に行きません。教会名を「O
O  ~教会」という文字を消して付ける教会が増えています。

「クリスチャンにとって、教会に行くことは大切でしょうか?」と言う質問の答えを聖書から見ましょう。

第1にマタイの福音書16:18でキリストは言われました。
「わたしの教会を建てます」
教会は、人間によって設立されたものではありません。
キリストご自身が教会を立てました。
キリストが立てた組織は、一つしかありません。教会です。

第2にキリストは、教会のために死んでくださいました。
「神がご自身の血をもって買い取られた神の教会」
使徒の働き20:28

血をもって死なれました。

第3にキリストは、教会を愛しておられます。
「キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられた。」エペソ人への手紙5:25

もし教会は、キリストご自身が立てた教会であれば、またキリストが教会のために死んでくださったならば、またキリストが教会を愛しておられるなら、クリスチャンも教会を愛して大切にすべきではありませんか。

最初の質問に戻りましょう。
神様に喜ばれるクリスチャンになるために私たちは「教会に行かなければならないでしょうか?」聖書の答えは「はい」です。

   
CHRISTIAN AND 

THE CHRISTIAN AND THE CHURCH

Does a Christian have to go to church to be a Christian who is pleasing to the Lord? These days many people would answer, “No.” While professing to be a Christian, they do not go to church. The churches that have removed [church] from their name are increasing.

Is it important for a Christian to go to church? Let us have the Bible answer this question.

First, in Matthew 16:18 Christ said, I will build my church. The church was not established by man. Christ Himself established the church. Christ established only one organization – the church.

Second, Christ died for the church. The church of God which He purchased with His own blood.
(Acts 20:28)
God the Son Jesus Christ shed His blood for the church on the cross.

Third, Christ loves the church.
Christ loved the church and gave Himself for her. (Ephesians 5:25)

If the church was established by Christ, if Christ died for the church, and if Christ loves the church, shouldn’t Christians love the church and make it important.

Let us go back to the original question. Does a Christian have to go to church to be a Christian who is pleasing to the Lord? The answer of the Bible is,
“YES.”

NO! 

私は、しばらく祈りを通して神様にあることを願いました。
ようやく答えがありました。「NO」でした。正直に言って私は、泣くほど失望しました。
なぜなら自分が願ったことは、ある問題の完全な解決であると思ったからです。しかし、神様は「NO」とおっしゃいました。

聖書の中で神様は、次の人達にも「NO」と応えました。
サウル(Ⅰサムエル記14章)
ダビデ(Ⅱサムエル記12章)
エリヤ(Ⅰ列王記19
ヨナ(ヨナ書4章)
ヤコブとヨハネ(マルコの福音書10章)
とパウロ(Ⅱコリント12章)

神様が私たちの祈りに「NO」と答えるとき私たちは、どの様に反応すべきでしょうか。キリストの模範があります。十字架かにつく前にキリストは、祈りました。
「父よ。みこころならば、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願いではなく、みこころのとおりにしてください。」ルカの福音書22:42
「わたしの願いではなく」これは、非常に言いにくい言葉です。 そして「みこころのとおりにしてください。」この言葉は、もっと言いにくい言葉です。

しかし、私たちは祈りの目的を覚えなければなりません。祈りの目的は、自分が欲しがっているものや貰う事だけでは、ありません。祈りのもう一つの大事な目的は、神様の御心を確認することです。

自分が神様に願ったことは、主の御心では、ないとわかるとき私たちは、続けて祈りを通して主の御心を求めるべきです。
なぜなら、Ⅰヨハネの手紙5:14「何事でも神のみこころにかなう願いをするなら、神はその願いを聞いてくださるということ、これこそ神に対する私たちの確信です。」と書いてあるからです。

   
Prayer 

NO! 

For a while I prayed and asked God for something. Finally, the answer came. It was “NO.” Speaking honestly, I was so disappointed that I cried because I thought that what I requested of God was the perfect solution to a certain problem. However, God said, “NO.”

In the Bible God said, “NO” to these people too: Saul (First Samuel 14), David (Second Samuel 12), Elijah (First Kings 19), Jonah (Jonah 4), James and John (Mark 10), and Paul (Second Corinthians 12).

When God replies, “NO,” to our prayers, how should we react? We have the example of Christ. Before He went to the cross, He prayed, Father, if it is Your will, take this cup away from Me; nevertheless not My will, but Yours, be done.

“Not my will” – these words are hard to say. “Your will be done” – these words are even harder to say. However, we must remember the purpose of prayer. The purpose of prayer is not just to receive the things that we desire. Another important purpose of prayer is to confirm the will of God.

When we realize that what we requested is not the will of God, we should continue to seek His will through prayer, for in First John 5:14 it is written,
Now this is the confidence that we have in Him, that if we ask anything according to His will, He hears us.

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