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タクシードライバーの新鮮な信仰 

先週の水曜日に私は無事に日本に帰りました。
火曜日に帰える予定でしたが、スプリングフィールドからシカゴに行く飛行機が1時間遅れてスプリングフィールドに到着したので、シカゴから成田までの便に間に合わないと言われたので、私は家に帰って、水曜日に帰える事にしました。
私を空港に送って下さった友達はもうすでに仕事に行ったので、私は家に住んでいる青年に向かえに来てもらうと思いましが、彼はぐっすり寝ていたし、電話で起こす事ができなかったので、私はタクシーで帰る事にしました。

Taxi タクシーに乗った時、私は直ぐに珍しい事に気がつきました。
タクシーのラジオはクリスチャン向けの放送になっていたのです。
私は運転手に聞きました。「あなたはクリスチャンですか?」30歳位の男性の証しによると、彼はずっと神様を信じていましたが、去年の秋にイエス様を自分の救い主として受け入れて救われました。
私の家までの20分間に、私達は信仰生活について話しました。
彼は私に聖書について少し質問をしました。
また、彼は今年はじめて夏季聖書学校で奉仕をするそうです。
それを楽しみにしていると言っていました。

彼の新鮮な信仰と主に仕える喜びを見た私はとても恵を受けました。しかし、タクシーを降りてから、私は自問自答しました。
「私の信仰はまだ彼のような新鮮な信仰でしょうか。
あるいは、私はもうクリスチャン生活に慣れ過ぎているため、その新鮮さを失っていないでしょうか?」
また「私にも主のために教会で奉仕をする喜びがあるでしょうか?
あるいは、私にとって主に仕える事はもう楽しくない事なのでしょうか?」

クリスチャンのみなさん、クリスチャン生活と教会の奉仕に慣れ過ぎて、その新鮮さと喜びを失う事に気を付けましょう。

詩篇51篇
でダビデは、この祈りをしました。
「神よ。私にきよい心を造り、ゆるがない霊を私のうちに新しくしてください。あなたの救いの喜びを、私に返し、喜んで仕える霊が、私をささえますように。」(詩篇51篇10~12)

もし、イエス様を信じて救われた時期の新鮮な信仰と教会で主に仕える喜びがなくなっているなら、私達も同じ祈りをしましょう。 

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