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シングルの信仰生活 

トイレットペーパーを買う時、私はいつも2枚重(2-ply)か4枚重の(4-ply)を買います。

しかし先日、私は間違って1枚重ね(シングル)のトイレットペーパーを買ってしまいました。
シングルのトイレットペーパーは良くありません。
薄いので、すぐ破れてしまいます。シングルのトイレットペーパーは役にたたないものです。

同じように、シングルの信仰生活は良くありません。
つまり、全てのクリスチャンに他のクリスチャンとの交わりが必要です。
その交わりの内容は神様についての話や遊びや食事や世間話であっても他のクリスチャンと共に過ごす時間が大切です。
初代の信者達は交わりを大切にしました。

「彼らは毎日、心を一つにして宮に集り、家でパンを裂き、喜びと真心を持って食事を朝にしました」
使徒の働き2:46

交わりは、お互いに励まし合う機会なので、とても大切です。
「ある人々のように、いっしょに集まることをやめたりしないで、かえって励まし合い、かの日が近づいているのを見て、ますますそうしようではありませんか。」
へブル人への手紙10:25

また、信仰の試練に遭う時、交わりは他のクリスチャンと相談する機会、また他のクリスチャンと共に祈る機会になるから、とても大切です。
「ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。 どちらかが倒れるとき、ひとりがその仲間を起こす。」
伝道者の書4:9-10

すぐ破れるシングルのトイレットペーパーと同じように、シングルの信仰生活をするクリスチャンの信仰はすぐ破れてしまいます。

一方では、
「兄弟たちが一つになって共に住むことは、なんというしあわせ、なんという楽しさであろう。」
詩篇133:1


   
THE SINGLE FAITH-LIFE 

THE SINGLE FAITH-LIFE 

When I buy toilet paper, I always buy 2-ply or 4-ply. The other day I mistakenly bought single toilet paper. Single toilet paper is no good. It is so thin that it tears easily. Single toilet paper is useless.

In the same way, a single faith-life is not good. In other words, all Christians need fellowship with other Christians. The content of that fellowship may be talking about God, playing games, meals, or small talk, but the time we spend with other Christians is important.

The early believers made fellowship important.
They continued daily with one accord in the temple, and breaking bread from house to house, did eat their meat with gladness and singleness of heart. (Acts 2:46)

Fellowship is an opportunity to encourage one another, so it is important.
Not forsaking the assembling of ourselves together, as the manner of some is; but exhorting one another: and so much the more, as ye see the days approaching. (Hebrews 10:25)

Also, when we meet a trial, fellowship with other Christians will give us the opportunity to discuss the matter with them and pray with them, so it is very important.
Two are better than one; because they have a good reward for their labour: For if they fall, the one will lift up his fellow. (Ecclesiastes 4:9-10)

Just as single toilet paper tears easily, the faith of a Christian who lives a single faith-life will soon be torn apart. On the other hand,
How good and pleasant it is for brethren to dwell together in unity. (Psalm 1331)

私が寝ている間に 2 

私が八幡から帰って来た時、ポストに(書留等ご不在連絡票)が入っていました。
その郵便は私がずっと待っていた大事な書類なのです。
私はすぐ(再配達受付連絡先)に電話して、夜の7時~9時の間の再配達を頼みました。その晩、私は7時~9時まで待ちましたが書類は届きませんでした。

9時過ぎに玄関を出てポストの中を見ました。
また(書留等ご不在連絡票)が入っていました。その(連絡票)によると「19時22分に再配達に伺いました」
それを見た瞬間、私は怒りました。
「私は7時~9時までずっと書類を待っていたのに、なぜ配達人は玄関のチャイムを鳴らさなかったのか!」と文句を言いながら、私は思い出しました。
書類の配達を待っている間に、私は眠ってしまいました。ちょうど私が5~10分だけ寝ている間に再配達されていたのです。

その時、私はマタイの福音書24:42に書かれている主の言葉を思い出しました。
「目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。」

聖書の多くの箇所でキリストの再臨を教えています。
例えば、ヨハネの福音書14:3でキリストは言われました。
「わたしが行って、あなたがたに場所を備えたら、また来て、あなたがたをわたしのもとに迎えます。」
キリストの再臨はいつでしょうか。 マタイの福音書24:36によると、神様だけがその時を知っておられます。

しかし、私達がキリストの再臨についての預言を現在の世界の状態と比べる時、主の再臨が近いと分かります。目を覚まして、できるだけ多くの人々に福音を宣べ伝える事に励みましょう。
この御言葉を教会の今年のスローガンにしましょう。
「目をさまして、慎み深くしていましょう。」
Ⅰテサロニケ人への手紙5:6 b

   
WHILE I WAS SLEEPING 2 

WHILE I WAS SLEEPING 

When I returned from Yahata, there was an [undeliverable item notice] in my mailbox. That mail was some important documents for which I had been waiting for quite some time, so I immediately called and requested another delivery between 7:00 and 9:00 that night.

In the evening I waited between 7:00 and 9:00, but the documents did not come.
I went outside and looked in the mailbox. There was another [undeliverable item notice]. According to that notice, there had been another attempt to deliver the documents at 7:22.

When I saw that, I became angry. [I was waiting for the documents all the way from 7:00 to 9:00. Why didn’t the deliveryman ring the doorbell
 ?] As I was complaining, I remembered. While I was waiting for the documents, I fell asleep. It was only 5-10 minutes, but right at that time, while I was sleeping, the deliveryman came.

Just then, I remembered the words of Christ written in Matthew 24:42.
Watch therefore: for ye know not what hour your Lord doth come.
Many Bible passages teach the second coming of Christ. For example, in John 14:3 Christ said,
If I go and prepare a place for you, I will come again, and receive you unto myself.

When will Christ come again? According to Matthew 24:36, only God knows that time. However, when we compare the prophecies about the second coming of Christ with the present condition of the world, we understand that His second coming is near, so let’s be vigilant, and let’s be diligent in preaching the gospel to as many people as possible.

Let’s make this Bible passage our slogan for this year:
Let us watch and be sober.
(First Thessalonians 5:6)

牧師からチャレンジの勧め 

    BIBLE5 
私から皆さんへチャレンジをお勧めます。
元日から聖書を一緒に読みましょう。
過去に私たちは様々な方法で聖書を読みました。
例えば去年、一年間で新約聖書を読みました。
今年、毎週違うテーマについて読みました。

2019年から聖書を通読しましょう。
聖書を通読する方法は色々あります。
日本の聖書は1800ページあります。
一日に20ページを読んだとすると、3ヶ月間で聖書を通読する事ができます。
毎日10ページ読むと聖書を半年で通読できます。
一日に5ページ読むと一年間で聖書を通読できます。
しかし、このチャレンジが重荷になってほしくないので、私からのチャレンジはこれです。
次の3年間で聖書を通読しましょう。
もし私たちが毎日30節〜40節を読むと、
3年間で聖書を通読できます。

一日に30節〜40節を読むには、どれ位の時間がかかるでしょうか。元旦に私たちは創世記1章を読むと31節あります。
先日、私が創世記1章を音読したら。
約7分かかりました。たった7分です!
私は外国人です。皆さんはもっと早く読む事ができる筈です。

皆さんの忙しいスケジュールの中で、聖書を読む7分がありますか? もし、時間がなければ現在のスケジュールを何処かで調整してください。
ぜひ、私のチャレンジを受け入れて下さい。
神様の御言葉を読む事は素晴らしい恵みと祝福が約束されています。失望することがありません。

「この律法の書を、あなたの口から離さず、昼も夜もそれを口ずさまなければならない。そのうちにしるされているすべてのことを守り行なうためである。そうすれば、あなたのすることで繁栄し、また栄えることができるからである。」ヨシュア記1:8

   
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THE CHALLENGE OF THE PASTOR 

I challenge the members of the church. From the day after tomorrow, let’s read the Bible. Until now, we have read the Bible in various ways. Last year we read the entire New Testament. This year we read about a different topic each week. This time let’s read all the Bible.

There are various methods of reading all the Bible. There are 1800 pages in the Japanese Bible. If we read 20 pages a day, we could read all the Bible in three months. If we read 10 pages a day, we could read all the Bible in half a year. If we read 5 pages a day, we could read all the Bible in one year.

However, I do not want this challenge to become a burden, so this is my challenge. Let’s read all the Bible in the next three years. If we read 30-40 verses a day, we can read all the Bible in three years.

How long does it take to read 30-40 verses? On January the first, we shall read chapter 1 of Genesis. There are 31 verses. The other day, I read chapter 1 of Genesis out loud slowly. It took about 7 minutes. Just 7 minutes! I am a foreigner, so you should be able to read it even quicker.

Do you have 7 minutes in your busy schedule to read the Bible? If not, please make an adjustment somewhere in your schedule.

Please accept my challenge. There is a wonderful promise attached to reading the Word of God.
This book of the law shall not depart out of thy mouth; but thou shalt meditate therein day and night, that thou mayest observe to do according to all that is written therein: for then thou shalt make thy way prosperous, and then thou shalt have good success. (Joshua 1:8)

名前の意味 

   Nativity1 
ほとんどのアメリカ人の名前には意味があります。
例えば、私の名前は「Kenneth」です。
(ハンサム)と言う意味です。
私の息子の名前は「Timothy」です。
(神を崇めます)と言う意味です。
私の娘の名前は「Tabitha」です。
(ガゼル/動物)と言う意味です。

もちろん多くの日本人の名字と名前にも意味があります。
例えば「山口」(mountain entrance)です。
「中村」
(middle village)です。

12月24日に私たちは、イエス・キリストの誕生日を祝います。
その名前にも意味があります。
「イエス」はヘブル語の名前です。
「救いの主」と言う意味です。
「キリスト」は名前ではありません。
イエス様の(称号・肩書き)です。
「油注がれた者」「選ばれた者」と言う意味です。
イエス様にもう一つの名前があります。彼が生まれる700年前にイザヤと言う預言者が書きました。
「それゆえ、主みずから、あなたがたに一つのしるしを与えられる。見よ。処女がみごもっている。そして男の子を産み、その名を『インマヌエル』と名づける。」
イザヤ書7:14

『インマヌエル』とはどういう意味でしょうか。
それはマタイの福音書1:23に書いてあります。
「見よ、処女がみごもっている。そして男の子を産む。その名はインマヌエルと呼ばれる。」(訳すと、神は私たちとともにおられる、という意味である。)

「神は私たちとともにおられる!」何と言う素晴らしい事でしょう。罪深い私たちは聖なる神様の世界に行く事が出来ませんが、神様は私達の世界に来てくださいました。
だからこそ全てのクリスチャンは、あふれる喜びを持ってキリストの誕生を祝います。

     
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THE MEANING OF NAMES 

The names of almost all Americans have meanings.
For example, my name is [Kenneth].
It means [handsome].
The name of my son is [Timothy] .
It means [to honor God].
The name of my daughter is [Tabitha].
It means [gazelle].

Japanese first names and family names have meanings too.
[Yamaguchi] is [mountain entrance].
[Nakamura] is [middle village].

The day after tomorrow we shall celebrate the birth of Christ. His name has a meaning too.
[Jesus] is a Hebrew name that means [Lord of salvation].

[Christ] is not a name. It is the title of Christ.
It means [anointed one] or [chosen one].

Jesus has one more name. 700 years before Christ was born, the prophet Isaiah wrote, Therefore the Lord himself shall give you a sign; Behold a virgin shall conceive, and bear a son, and shall call his name Immanuel. (Isaiah 7:14)

What is the meaning of [Immanuel]? The meaning is written in Matthew 1:23.
Behold, a virgin shall be with child, and shall bring forth a son, and they shall call his name Immanuel, which being interpreted is, God with us.

God with us! What a marvelous thing. Sinful man could not go to the world of a holy God, so God came to our world. For that reason, all Christians celebrate the birth of Christ with overflowing joy.

28,000回の罪 

私は1942年4月13日に生まれました。今日は2018年12月16日です。私が生まれた日から1日に一つの罪を犯した事としましょう。本当は1日に一つ以上の罪を犯した事があるでしょう。
もし私が今まで1日に一つだけの罪を犯したとすれば、もうすでに約28,000回の罪を犯しています!

28,000回の罪! この事を考えると、エペソ人への手紙1:7に書いてある御言葉はとても尊いものです。
「私たちは、この御子のうちにあって、御子の血による贖い、すなわち罪の赦しを受けているのです。これは神の豊かな恵みによることです。」

私は28,000回の罪を犯したひどい罪人ですが御子(イエス・キリスト)は、十字架の上で私の28,000回の罪を全部御自分の身に負われました。(Ⅰペテロの手紙2:24)キリストが十字架の上で流した血によって、私は罪の赦しを受けました。

イエス・キリストを個人的な救い主として受け入れた皆さんもそうです。 もし皆さんも過去に毎日、平均一つの罪を犯して来たなら、あなたの罪の数を計算して見て下さい。いくつになりますか。 数多くの罪になりますが喜んで下さい。キリストの身代りの死と神様の愛によって、あなたも罪の赦しを受けています。

しかし、この素晴らしい祝福には責任が付いています。
「神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」エペソ人への手紙4:32
もし神様が私達の多くの罪を赦す事ができたなら、私たちも他人の一つや二つの罪を赦す事が出来るのではないでしょうか? 
よく吟味してください。

   
28,000回の罪 

28,000 Sins 

I was born on April 13, 1942. Today is December 16, 2018. Let’s imagine that, from the day I was born, I have committed one sin a day. Actually, I probably have committed more than one sin a day. However, if I have committed just one sin a day until now, I have already committed about 28,000 sins!

28,000 sins! When I think about this, the words in Ephesians 1:7 become very precious words.

In whom we have redemption through his blood, the forgiveness of sins, according to the riches of his grace. (Ephesians 1:7)
I am a terrible sinner who has committed 28,000 sins, but on the cross Christ bore all my sins in His own body. (First Peter 2:24) Through the blood that Jesus shed on the cross, I have received the forgiveness of sins.

So have all of you who have received Christ as your personal Savior. If you too have committed an average of one sin a day, calculate the number of your sins. How many would it be? It will be many sins, but rejoice. Through the substitutionary death of Christ and the grace of God, you too have received the forgiveness of sins.

However, there is a responsibility that accompanies this wonderful blessing.
Forgiving one another, even as God for Christ’s sake hath forgiven you. (Ephesians 4:32)
If God can forgive our many sins, can we not forgive the one or two sins of another person?

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